第12話 私があなたを愛することは(略)



 王妃様とのお茶が終わってから、私はレナード殿下の執務室に駆け込んだ。


「二人だけで話したいの。ここはいろんな人が出入りするから」

「ああ……わかった」


 レナード殿下はうなずいて、部屋の奥にある小さめの扉を開ける。

 向こう側は彼の自室になっていた。


 何これ、ズルじゃないの。自分の部屋の隣に執務室があるなんて。

 私はいつも控室に行ってから、長い距離を歩いて執務室まで来ているのに。


 部屋に入ったレナード殿下は慣れた感じでソファに座った。


「……座らないのか」


 落ち着いた気分になってしまうから、私は声をかけられても座らなかった。

 レナード殿下を見おろすように立ったままで質問する。


「私を……ローズ・リデールをあなたの婚約者候補にしたのは誰なの?」


 少し間があった後、低い声が響いた。


「……私だが」


 ふうん、と私はレナード殿下の顔をじろじろ見た。何でこちらを向かないのよ。


「あなたが精霊の泉へ私を連れて行ったのは、私を婚約者にするため?」

「……そう、だな」


 レナード殿下の歯切れが悪い。


 つまりこの人は最初からグレイス様を婚約者にするつもりはなかった。

 彼女がアシェル殿下に惚れているのを知っていたのか。もしくはアシェル殿下の『本命がこっちだったとはね』というセリフから考えて、アシェル殿下を騙すために彼女の名前を出したのか。


 いずれにしてもこんな小細工をしているのだから、私の自惚うぬぼれではないはずだわ。


「――そういうことをする前に、私に何か言うことがあるんじゃないの」


 どうしてこんなにドスの利いた声が出たのか、自分でもわからない。

 レナード殿下が顔を上げた。


「怒っているのか?」

「ま、まだ怒ってはいない……と思う」

「そう、か……」


 指を組んだ上にあごを乗せたレナード殿下は悩んでいるような顔をしていた。


「…………」


 そんなに考えなくちゃいけないことなの?

 せっかちな私は心の中でギリギリと歯ぎしりをする。


「婚約者に……なってほしい」

「違う、その前でしょ」


 絞り出したようなレナード殿下の答えに対して、私は反射的にダメ出しをした。


「あなたは選ぶ立場だったのだから、何を基準にしたのって聞いてるの」

「…………」


 レナード殿下は組んでいた指を離して私の目を見た。いつもの謎の光線が出ている。

 ここで負けるわけにはいかない……! と、私は気合を入れて視線を向けた。


 彼の口元が少しだけ笑ったように見えた。


「ローズは……いつも私から目をそらさない。そこが良いと思った」


 私は表情を緩めないように気を付けた。

 

 そ、そうだったんだ……。目をそらさないというよりも、そらしたら負けた気持ちになるからイヤなだけよ。

 自分から聞いておいてなんだけど、面と向かってこんなことを言われるのって、とても恥ずかしいのね。


「あと、そうだな、私は他人に負けるのが大嫌いなのだが――」


 レナード殿下が私の心を読んだようなことを言うので、心臓の鼓動が早くなった。


「ローズになら……負けても構わないと」

「えっ?」


 どうやって私がこの人に勝つというの?


「……愛しいと思う相手には、勝ち負けなどどうでもよくなるものだ」






 ――時間が止まった。




 その答えを求めてここまで来たのに、聞くんじゃなかったと思ってしまう。

 聞いたからには答えなくてはいけない……というのを失念していた。

 腹を立てて行動するとろくなことがない。


 何かを待っているようなレナード殿下の顔を見ると、私はイライラしてきた。


「あなたみたいな勝手な人……」


 大きく息を吸って殿下を睨みつける。


「……わ、私が、愛することは、たぶん、ないから!」


 言ってやった、と思ったのに。

 見たことがないほど柔らかく微笑む彼を見たら、胸の奥がざわついた。


「――そう言うだろうと思った」


 レナード殿下は静かに目を伏せてうつむいた。


 心臓がきゅっと締め付けられたように苦しくなる。私、傷つけてしまったのかしら。


「私の母は心配性だからな。ローズも……嫌になっただろう」


 顔を上げないでつぶやくレナード殿下は、すごく落ち込んでいるようだった。


「ええと、あの……『たぶん』だから」


 罪悪感に耐えられず、気が付いたら私はレナード殿下の近くへ寄っていた。


「い、いつかは、あなたを好きになるかもしれないし――」

「そうだな」


 顔を上げたレナード殿下はいつものむすっとした表情だった。


「……え?」


 何となく騙されたような気分になってその顔を見つめていると、ノックの音が聞こえてきた。


「失礼します。レナード様、ローズ様のお部屋が整いましたわ」

「わかった」


 入ってきたのはソフィアさんだ。

 私の……? 何の話をしているんだろう。


「今日から正式にローズは王宮で暮らすことになる。リデール伯爵には連絡済みだ」

「えっ?」


 澄ました顔のレナード殿下の言葉に、驚いて頭が真っ白になってしまった。

 なにそれ、いま初めて聞いたんですけど。


「どうして? そんな、いきなり」

「ローズ様のご実家には、元婚約者の方がいらっしゃるでしょう? 何があるかわかりませんから」


 ソフィアさんがさわやかな笑顔ですごいことを言う。

 アンドリューが家に来るのがダメ、ということ? でもあの人、婚約者だった時でも何もしてこなかったのに。


「私は心配性だからな」


 レナード殿下はいい笑顔をしていた。


「いつかは私を愛してくれるんだろう?」


 ――騙された。


 その顔を見たらそうとしか思えなかった。やっぱりこいつは勝手な奴なんだわ。


「だからそういうの、決める前に私に言いなさいよ!」


 人の話全然聞いてないじゃない!

 湧き上がる怒りを込めて睨むと、意外にもレナード殿下は慌てて目をそらした。


「至近距離は……結構ヤバいな」


 よし勝った! と思ったのも束の間。

 殿下は目にも留まらぬ速さで私の左手をつかんで、チュッと指輪にキスをする。


「次からは気を付けよう」


 私は思わずつかまれた手を振り払い、レナード殿下から顔を背けた。赤くなったのを見られたら、絶対この人調子に乗るわ。


「……耳が赤いぞ」

「み、見ないでよ! バカ!」


 両手で耳を隠して振り向くと、ニヤニヤ笑うレナード殿下と目が合ってしまった。


 本当にムカつく。


 こんな勝手な奴……。

 絶対――私が愛することはないんだから!




 ……た、たぶん。




 ……たぶんね。












 終わり。




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私が婚約者を愛することは多分ない! アゼリア本舗 @cristina11

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