第6話『ポラリス博士の大事なお願い』

「この人はポラリス博士だ。指名手配されてたからここに避難してもらってる」

「ポラリスで〜す。ポラちゃんって呼んでね〜?ぶいぶい」



 未だに痛む頭を擦りながら、俺の分のシフォンケーキを頬張って落ち着いたカルミアに対して簡潔に説明する。三つ目のケーキは俺の横に座る博士の元に渡り、カップには温かいミルクが注がれている。


「ひめいへはい...?」


「あぁ。博士はこう見えても先史遺品の専門家でな。数々の未詳遺品の用途を明らかにした紛う事なき天才で、実際王城で研究室をもらうぐらいだったんだが...」

「預かってた子がね〜?勝手に動きだしちゃって」

「暴走してな。なんとか現場は抑えられたものの、負傷者多数の上、王子の1人も巻き込まれちまったらしい」


「ああ、確かギルドで手配書を見た覚えがあります。『学者が王族相手に傷害事件、犯人は未だ逃走中』みたいな感じのやつ」


 あの時ちょうど『門』の設置場所が決まってなくて、俺が博士の研究室に招かれていた時に持ち込んでいたのは不幸中の幸いだった。おかげで咄嗟に博士を避難させることができたからな。


「このまま外に出たら速攻でお縄だからな、身の回りの世話はこれからはカルミアちゃんにも頼むよ?」

「え、私がですか」

「ここは水回りや料理の為の設備なんかは充実してるが、肝心の食料や衣類なんかは外から調達しなきゃならんのよ。特に洗濯は大変だよ?隙あらば盗まれるからね」


 スラム街は伊達じゃ無い。そこらへんに小綺麗な服がぶら下がっていればノータイムで盗っていくのがスラム流だ。そこに男物女物の差はない。ここらに拠点を構えたときには、流石に俺のパンツが盗まれるとは思ってなかった。しかも2回。


「...事情は分かりました。ただ、一つ質問させてください。──先輩はポラリス博士を、どうして匿っているんですか?」

「ポラちゃんでいいよ〜」

「...」


 当然と言えば当然の疑問だ。現状ポラリス博士は正真正銘の犯罪者。これが他の奴なら速攻で憲兵に突き出して「今日はいいことをした」と酒場に吹聴しに行くのかもしれないが、今回ばかりは訳がちがう。ポラリス博士は先史遺品の権威となるべき存在であるからというのも大事なことだが、一番大事なのは。


「友達だから」


 俺の簡潔にすぎる返答を聞いて、カルミアは。


「存外、甘いんですね。──分かりました、これからよろしくです、ポラリス博士。」

「ポラちゃんでいいのに〜。こっちこそよろしく〜。え〜っと...」

「カルミアです。奇跡と先史遺品の関連の究明が目下の課題です。ご助力いただければ幸いです」


 カルミアはスッと頭を下げた。それを見て博士はあたふたしている。堅苦しいカルミアに、抜けたところのある博士。どうかな、これから仲良くなってくれるといいが。


「先ほどはすいませんでした先輩。先走りです」

「ああうん、いいよ別に」


 半分は先に説明しておかなかった俺の責任でもある。ノリで動くことが多いと、こういうことは度々起こる。悪癖だが、これがなかなか治らない。難儀だね。


「そうだ博士。ヒトガタの解析終わったっていってたよな。どうだった?」

「面白いことがわかったよ〜」


 博士はシフォンを少しずつ口に運びながらも、丈の長い白衣のポケットから、小さな冊子を取り出した。博士曰く、『人に話す用ノート』らしい。


「んん〜っとね...『騎士団第三隊24名及び盗掘者16名を殺傷し、その後討伐されたヒトガタ機体(以下X型)の残骸から得たデータと、先日ウィット君が破壊したヒトガタ機体(以下Y型)のデータを比較した結果、外部装甲及び内部規格の耐久性能はX型がはるかに上であることがわかった。しかしほぼ新造品に等しいX型と著しい老朽化が見られるY型であっても、本来の運動性能に大きく差異がなかったことは大変興味深い。推論として、ヒトガタには製造時期、場所による機体性能の特色があり、対抗するためには上級の攻撃手段、あるいは先史遺品が有効であることだろう。...』って感じだよ〜」


「なるほどね」


 早口すぎて『ヒトガタには先史遺品が有効』ぐらいしか理解できなかった。喋りのスピードの落差がすごい。カルミアちゃんとか驚いた猫みたいな顔してるわ。俺も最初はそんな感じだった。少しずつ慣れていこう。そしてそのうち翻訳してくれ。


「まぁヒトガタについては今後遭遇することもあるだろうし、注意するに越したことはないわな」

「近接武装だけならいいけど〜、遠距離武装持ちには苦労するだろうね〜」

「私はまだ見たことないんですけど、そんなに強いんですか?」

「駆け出しはほぼムリ、ある程度の速さに対応できるセンスがあるか経験を積んでるかどうか、って感じだな。カルミアちゃんなら楽勝だろうけど」


 あくまで一対一の話だが。俺の時は複数体相手だったが、ほとんど壊れかけだったから生き延びれたようなもんだ。たぶんもう少し動きが良ければ危なかった。



「博士、本命の指輪の方はどうだった?」


 あの遺跡の内部で、遺跡を起動する直前に見つけた一番重要そうな指輪のことだ。おそらく俺の腕輪と似たような機能があるんじゃないかと思うんだが、結果は如何に。


「あ〜、これね〜?」


 博士はまた内ポケットから指輪を取り出した。俺が見つけた時とは違い、綺麗に掃除された指輪は、銀色と深緑の調和が取れた機能的な美しさを感じさせた。


「調べたけど〜、ただのアクセサリーだね〜。構成物質がちょっと特殊だけど〜、たぶん古代人にも指輪を贈る文化が〜、あったのかもね〜?」


 ただの結婚指輪だったよ...。


「じゃあこいつはただの『三等遺品』ってことだな」

「現状そうなるね〜」

「三等遺品...?先史遺品に分類があるんです?」

「あれ知らない?連盟が定めた先史遺品の分類があんのよ。下から用途不明の『不詳遺品』。大抵はここに当てはまるな。んで、用途が判明するも、本来の用途が生活水準の向上であると思われるものを『三等遺品』」


 ちょうどこの指輪みたいなものから、備え付けの水道なんかもここに分類されるかもしれない。

 

「闘争における利用を目的としているもの、あるいは闘争に転用可能と思われるものを『二等遺品』。ヒトガタなんかはここに含まれるらしい」


 あとヒトガタから奪った光剣もギリギリここに入ってくると思う。野菜や肉を捌く包丁にしては危険すぎるし。


「政治や商業、魔術や国家間戦争など、既存のパワーバランスに甚大な影響を与えると思われるものを『一等遺品』。そんでこれらに分類されず、常識の埒外、人理の及ばぬ逸品を『神工遺品』とするんだと。この2つはまだ見たことないな。」


「門は一等でいいと思うよ〜」

「だそうだ。でもまだ自力で見つけてないからノーカンな」

「はぁ」


 『あ、そうですか』みたいな反応をするんじゃあない。大事なとこだろう、第一発見者かどうかは。



「なるほど...結構雑な分類なんですね」

「なんせこの界隈は研究の規模も小さいし知名度もない上に、用途を知る手段を持つ人間が少ないからな。たぶん決めたやつも適当に決めたんだろーよ」


 そのうち技術革新的なものがあれば見直される時も来るかもしれんが、個人的にはこのくらいの方が未知への好奇心が刺激されるので気に入ってもいる。


「とはいえ遺跡探索者たるもの、目指すは未知なる神工遺品の発見よ」

「見つけてどうするんです?」

「そりゃ額に飾って鑑賞するさ。コレクター志望だ俺は」

「その前にじっくり触らせてね〜?」


 博士は俺とは違ったベクトルで先史遺品を愛している。寝る時なんかはその日の気分でお気に入りの先史遺品を抱いて眠ってるくらいだし、一回だけ先史遺品を異様な雰囲気で舐めてたのを見た時は驚いた。博士曰く「味も大事な要素だから〜」とか誤魔化していたが、多分関係ないと俺は思っている。


「そうですか、頑張ってください」

「なんだろう、距離を感じるよ?」

「気のせいです」


 俺の遺跡探索の目標の適当さに呆れたか、博士の異様さの片鱗を感じ取ったのか。多分両方だと思います。


 でも大丈夫。カルミアちゃんも十分異常者側の人間だから。食生活見ればわかる。


「それでね〜、ウィット君に頼みたいことがあるんだけど〜、お願いしてもい〜い?」

「構いませんよ。丁度人手が増えたんで」


 カルミアちゃんが何か言いたげな顔をしているが、パートナーを持ちかけたのが自分であることに引け目を感じているのか、言葉に出すことはなかった。


 博士は再びノートに目を落として読み始めた。


「え〜っと...『王国から街道沿いを風馬車で東に3時間、そこから南に1時間ほどにあるモビールという街でオークションが行われます。そこで私の工房から押収された先史遺品が取り扱われると思うので、なんとか回収してきてください。ついでに面白そうなものがあれば手に入れてくれてもいいよ!』...ふぅ」

「いや『ふぅ』じゃないが」


 一仕事した雰囲気を出すんじゃない。出てるんだよ最後に欲が。


 モビールといえば大規模なカジノを中心に栄えた欲望の町だ。海に近いからリゾート地としても富裕層に好まれるし、なにより街のあらゆるところに存在する多種多様なギャンブルと歓楽街の誘惑は、そこに興味本位で訪れる多くの人間を絶頂と絶望の渦に否が応でも引き摺り込んできた。


「あの街は...危険だ」

「行ったことあるんですか?」

「ああ。俺がカルミアちゃんくらいの歳に一回。イカサマして無双してたら、カジノのオーナーとやらに挑まれてな。調子に乗って受けたら、5分で全財産持ってかれた。苦い思い出だぜ...」



「だっさ」

「ダサダサだね〜」

「いや次は負けないから。若かったからあの時は」


 客観的に見るとダサさ倍増している気がするが、この際ついでにリベンジしに行くのもありかもしれない。いやでもなんか勝てる気がしないんだよなあの人には。やめとこう。



「昔の話は置いといて、オークションのための資金はどうする?」


 おそらく相手になるのは金を持て余す愛好家達だ。最近では先史遺品はその機能というより芸術性に高い価値を見出す人間が増え始めている。三等遺品でも金貨100枚を超えたこともあるとか。


 そんな奴らが出てくるんだ、俺の財力じゃあ到底敵わないに決まってる。


「大丈夫〜!ハカセのものは〜、ハカセのお金で取り戻すの〜!」


 そう言ってハカセは一枚のカードを取り出した。


「ポラリス博士、これは?」

「これは〜、好きなものを好きなだけ買えちゃうすご〜いカードなの〜!」

「いやいやいやいや」


 そんな経済ぶっ壊しカードがあってたまるか。そもそも、


「なんで博士がそんなもん持ってんだよ」

「え〜?王子さんに貰ったから〜?」


 どの王子だよ。そんな危ないもん、いくら博士とはいえ王族でもないのに渡されるわけがない。


「聞いたことあります。王族の人たちは買い物をする時は殆ど現金を持たないとか」


 つまり、このカードは王族特権の象徴みたいなもんで、使ったらその後銀行か、若しくは国庫から後日振り込まれる仕組みがあるってことか?便利なもんだ。俺にも貸して欲しい。


「いや待て。そうなると指名手配中の博士のカードが使えるのか?」


 そこら辺のチンピラに渡すだけでも大変なことになることは想像に難くない代物だ、細かい手続きは役人か、あるいは王城に勤める人間がやってるはずだ。そうなれば金の動きで博士が使えばバレるし、そもそも使用した時点で通報&確保、なんてことが店に周知されていることもあり得る。


「それも大丈夫〜!だって〜、2人には王子さんと一緒に行ってもらうから〜!」


「「は?」」


 

 遺跡探索を本格始動した矢先、王子様とオークションに行けと言われる俺の気持ちは、筆舌に尽くしがたいものがあった。そんな折、ふとカルミアを見ると目があった。


 そしてこの時俺たちは、パートナーとなって初めて心の奥底で通じ合ったと思う。

 「お前はなにを言っているんだ」、と。

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いただきアーティファクト 倶利伽羅よしみ @kurikarayoshimi

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