第5話『知られちゃいけない例のアレ』

「そうと決まれば、連れてかなきゃならん場所がある」

「いきなり大胆ですね」

「なにが!?...木こり亭だよ、これから一緒にやっていくカルミアちゃんには見てもらう必要があるからな」


 そういって俺たちは席を立った。会計を済ませ、お土産のシフォンケーキとやらを店員さんから受け取りカルミアに渡す。


「ご馳走様でした」


 カルミアは店を出た後、手を合わせてお辞儀していた。たしかにここのパフェは美味かった。今度1人でメニューを開拓していくというのも悪くないかもしれない。


「また来ましょうね」


 ...まぁ、専門家と一緒の方が効率がいいか。




♦︎



 本日2回目の木こり亭へと近づくと、中からカーンカーンと小気味良い音が聞こえてくる。


「こんちわー」

「おじゃましまーす」

「いらっしゃせー...」


 俺たちをカウンターの向こうから迎えてくれたのは、いつもマスターが立っている位置にいるミミィちゃんだった。当のマスターはというと、先刻突っ込んだ壁の補修をトンカチ片手にしている。


「お、食い逃げ野郎が帰ってきやがったか!ちゃんとお代はマスターに払っとけよ!」

「この短い間に店主の座を明け渡してやがる...」


 ミミィちゃんは「私がマスターです」と言わんばかりの顔をしている。娘にこんな態度取られるって世の父親は大変だ。マスターの情けない姿を見て、俺が父親になったらこうはなるまい、と心に決めた。


「ヒゲ爺は?」

「さっき帰りました」


 そっか、まあどうでもいいけど。


「じゃあ俺たち奥行くんでよろしく〜」


 そういうと2人は少し驚いたようだ。


「連れの方もご一緒に?」

「...おいおい、大丈夫か?」


「ヘーキヘーキ、問題ない!カルミアちゃんは信用できるから!万が一何かあったときは俺が責任を持って対処するんで、お二人は安心して業務を続けてくださいな」


 そう言って俺はカウンターの脇を通り、従業員用の部屋へと向かった。部屋の中には、ミミィちゃん以外にはほとんど使われていない荷物置きの棚が多く置かれている。それ以外には観光植物、光源ランプ、窓、机。およそ怪しいものは何もないように見える。


「ここに何があるんです?」

「ふっふっふ、まぁ見てなさいな」


 俺は徐に壁に備え付けてある光源ランプに近づいた。そしてその裏にあるカバーをスライドさせ、小さなレバーをそっと倒した。


「...なにも変わらなくないですか?」

「裏口の鍵なのよこれ。ちょっと外出るぞ」


 何もわからないカルミアを連れて、店の裏口から外へ出る。裏口はスラムの雑多な細道へと繋がっていて、一日中薄暗くて埃っぽい。


「埃吸い込まないよう、呼吸は浅くね」


 まるで迷路のようなその道を右右左右、と進んでいく。時折屋根の隙間から差し込む光と、人気を感じさせない静けさが趣を感じさせる。


 そしてようやく、目的地に着いた。俺は建物と建物の隙間に躊躇なく手を突っ込む。


「え」


 そのまま手で探り、雑な造りの建物にそぐわない異常に滑らかな手触りの板に掌を触れた。同時に、腕輪の模様に光が走る。


『移送門起動。生体認証...指紋認証...魔力波紋...確認。ゲートを開きます』


 瞬間、壁面に光線が走った。


 理知的な男性の声がしたかと思えば、光は縦の長方形が二つくっついたような図を描き、そしてその図は瞬く間に扉へと姿を変えた。


「どうよ、驚いた?」

「びっくりしました」


 カルミアは目を丸くして驚いている。実のところ俺も謎の声がすることを忘れてビビっていたが、言う必要もあるまい。


「じゃ、入るぞ」


 扉に手を触れると、音もなく扉が開く。その先は鼠色の長い廊下と、等間隔にある部屋と思わしき黒い扉が複数。廊下を歩くカルミアは、忙しなくキョロキョロと周りを見回している。


「これ、全部先史遺品ですか」

「たぶんな、ここが『どこにあるか』は俺も知らんが」


 俺はその廊下の一番奥の部屋の前に立ち、先ほどと同様に掌を翳して扉を開ける。


「こ、これは」

「ここがカルミアちゃんに見てもらいたかった場所、俺の遺跡探索の拠点にしてコレクション保管庫。門外不出、文字通りの『秘密基地』だ」


 部屋は人が10人いても手狭には感じない程度には広かったが、角に置かれた持ち込みのソファや机、雑に置かれた使い所のわからない先史遺品の数々や、遺跡探索に使う道具がそこかしこに置かれているから、結構な密度を感じる。


 光源は床と壁に走る光の帯のようなやつと、天井の大きな照明がある。光の帯の方はこの前の遺跡と似たようなデザインだ。


「ずいぶん散らかってますね...先輩はここで暮らしてるんですか?」

「数ヶ月くらい前からな。マスターから用途不明だからって貰ったやつが俺の腕輪と反応して扉が急に現れたんだ。で、中を見たら住むのに便利そうだったんで、利用させてもらってる」

「なるほど。...やっぱり連れ込む気だったんですね。ケダモノです」

「違うわ。こんなとこ物好きな貴族や連盟とかに知られちゃあ追われる身になるだろ?こうやって現物を見てもまだ俺のパートナーを望むのか、確認しておきたかったのよ」


 万が一ここで怖気付いたら、どのみちこれから先上手くやっていけるとは思えない。その時は丁重にお断りして、俺がこの王国から出ていくということも視野に入れていたが、カルミアは不敵に笑った。


「愚問ですね先輩。私の覚悟に曇りなし、です」

「それは良かった...悪いな、試すような真似して」

「いえ、考えた上での行動でしょうし、気にしてません。それより、さっきのシフォン、一緒に食べません?」


 それはいいね。


「じゃあ俺は茶でも用意するかな。カルミアちゃんはあっちの棚からお皿とフォーク出しておいてくれる?」

「了解です」


 茶とは言っても、この部屋にはジャスミー茶ぐらいしか菓子に合ったものはない。俺は茶葉を網に入れ、ポッドに入れる。そこにこの部屋に備え付けてあった湯の出るボタンを押して、お湯を注ぐ。するとジャスミー茶特有の落ち着く香りが立ち込めてくる。外で野宿する時は、この香りが精神を落ち着かせてくれるから、俺が探索に出る時は少量の茶葉を持ち歩くのが定番になっている。


 少し蒸らしてから、茶をカップに注ぐ。トレーに乗せた2つのカップ、そして砂糖を有るだけ持ってソファへと戻る。


 「甘いのは自由に調節してくれ」と俺が言うと、カルミアは砂糖をじっと見つめて言った。


「ありがとうございます。...でも大丈夫です。今回だけはこのままで」


 何かこだわりがあるのだろうか、流石に甘いものを食べ過ぎたからなのかは分からんが、砂糖は入れないらしい。わりと渋いけど大丈夫だろうか。


 それはともかく。俺はカップを持つ。


「じゃあ改めて。俺は先史遺品を集めるために、カルミアちゃんに手伝ってもらう。そして俺は」

「私の能力について調べるために、お手伝いしていただきたい」

「俺が力になれるかは分からんがね。まぁ気楽にやっていきましょうや」

「頼りにしてますよ、先輩。では」



「「かんぱーい」」


 忘れられた部屋の中、陶器がカチリとぶつかり、かくして元師弟のバディが結成された。そしてこれから、2人の奇妙な日々が───



「お〜、おかえり〜。解析終わったよ〜って...その子だれ〜?」


「おっ!サンキュー博士。ちょうどよかった、俺に新しムグッ!!?」


 またしても縛られた。今回は口だけだが、まるで猿轡のように上手いこと縛られている。モガモガとしか声が出せん。なんで急にこんなことするんだこの娘ぇ!


「私はこの人の正式な『パートナー』になったカルミアです。...あなたこそ、何者ですか」


「ん〜?ハカセはね〜ウィット君の〜お友達で、同志で、同居人みたいな感じ〜?」

「んがががががが!」


 博士はいつも通りのにへらっとした笑みを浮かべて答えた。

 

 同居人、の部分で頭にも縛りが追加された。割れる!希代の遺跡探索者の頭脳が割れる!!!!


 たまらずソファに倒れ込む俺。


「説明、お願いしますよ。先輩」


 あぁ、何故俺は歳の離れた少女に冷たい目で見られているのだろうか。こういう時は逆の立場で考えてみよう。


 俺に憧れの先輩がいて、勇気を出して組んでくれるよう頼み、その先輩の自宅に連れ込まれてみたら、知らない男が出てきて、同居していると言ってきた。



 ああ、うん、俺殺されても文句言えないかも。

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