第4話『素敵なティータイム』
ああでもない、こうでもないと色々考えながら、取り敢えず木こり亭のお代は次に訪れた時に払えばいいか、と一つ脳内で課題を片付けた。そしてこれからの遺跡探索に必要な道具の準備を進める方法を思索していたちょうどその時、カルミアの足が止まった。
「ここです」
そういってカルミアは俺の全身を覆う『縛り』を解いた。随分と長いこと引き摺られていたが、意外と居心地は良かった。
でも急にやるのは心臓に悪いのでやめていただきたい。
拘束からの解放は暗闇から日の元に出てきたようなもので、陽光が目に刺さる。薄目でカルミアが指差す方を見る。
「ここって」
どこへ連れて行かれるか戦々恐々としていたが、蓋を開けてみればスラム街から離れたメインストリートに最近できたというスイーツ専門の喫茶店【Monika】だった。よかった、このまま奴隷商の店にでも連れてかれてたらどうしようかと思った。
「ほら、ボーッとしてないで入りますよ」
カルミアお嬢様はズンズンと店の中に入っていく。
俺はワンテンポ遅れて入店した。
「いらっしゃいませ!何名様でご利用ですか?...はい2名様で!ご案内しまーす!」
店内は競争の激しいメインストリート沿いに出店しているだけはあって、華美な装飾こそないが落ち着きのある空間が高いレベルで作り出されている。客層は...若いカップルやパーティを組んでいる冒険者が多く見られる。急に帰りたくなってきたな。
「ご注文お決まりになりましたらお声掛けください!」
席に案内してくれたのは笑顔の眩しい女の子だ。たしかギルドにいたときに見かけたことがある。冒険者業との副業だろうか。兎にも角にも、やっと腰を下ろせたという心地になる。
カルミアは既に頼むものを決めているのか、メニュー表をこちらに渡してきた。俺はそこまで腹が減っているわけではないのでミルクティーだけ頼むことにして、店員を呼んだ。
「ミルクティーで」
「大瀑布パフェと自家製チーズケーキ、火牛の濃厚プリンでお願いします。あと、持ち帰りに季節の果実シフォン3つ」
...頼みすぎじゃない?聞くだけで胃もたれしそうな羅列だが、一応聞いておく。
「飲み物は大丈夫なのか」
「先輩、メニューをよく見てくださいよ。...ほら、パフェに生クリームがたくさん入ってるんですよ」
だから?と思わずその真面目な顔に聞き返そうになったが、木こり亭でも似たような注文をしていたことを思い出す。本人が言うなら俺には止めようがないが、健康面が心配になります。貴族でたまにいるらしいからな、甘味の摂りすぎで早死に。
注文を店員に伝え、料理を待つ時間に入る。
「それで、俺に何の用なんですかね...巷で噂の『縛りのカルミア』さん」
「なんで他人行儀なんですか...。先輩まで妙な呼び方しないでください」
『縛りのカルミア』というのを聞いたのはひと月ぐらい前のことだ。王国近辺の森で突如出没した大蛇が、村ごと人々を飲み込む事態が起きた。そのとき討伐に駆り出された冒険者たちが見たのが、大蛇の巨体を空中に縛り上げる光の帯と、それを操っていると見られる黒髪尼削ぎの少女だった。
後日、その少女が駆け出しの冒険者だという噂が広まると、カルミアは一躍時の人となったらしい。その時カルミアに対する畏敬と期待の気持ちを込めて、いつからか人々は『縛りのカルミア』と呼ぶようになった。
「(魔法ならざる特異の力...【奇跡】だっけか)」
基本的に誰でも使える魔法が主流ではあるが、この世界には魔法のような理論化、体系化されているものとは根本から異なる、理屈抜きの超常現象を引き起こす存在がごく稀に産まれてくる。
それら未だ解明されていない力を人は【奇跡】と呼び、その保有者を地域によっては排斥されることもあるという。知り合いに奇跡使いがいるが、その実力で周囲の嫉妬を跳ね除けていたことを思い出す。
「とはいえ噂は聞いてたみたいですね。どうです弟子の活躍。褒めてくれてもいいですよ」
「あーすごいすごい。さすがは俺の元弟子これからのご活躍を祈念します」
俺の雑な対応にムッとしている。あざといなこいつ。
「むー、まぁ良いです。今回の本題に入りましょう。──私を、正式なパートナーとして認めてください」
和やかな雰囲気から一転、周囲の空気が張り詰めたように感じる。茶化せない感じだ。
こいつがここまで俺に執着する理由、その原因はおそらく指導期間にあるとは思うが、特別何かをした訳じゃない。むしろ指導者としては失格もいいとこだったはず。何故、俺なのか。
「他からの誘いはどうしたんだ?大手からも声かかってんでしょ」
「誘いはたくさん来ましたよ。全部断りましたけど」
「もったいないな〜。冒険者として駆け上がるチャンスだったのに」
「名誉もお金も、興味ないです」
「えぇ...じゃあ何で冒険者に?」
「力の扱いを覚えるためです。同じ奇跡使いの人もいるかと思ったんですけど、いませんでしたね」
「へ、へぇ〜。......あとあれだ。俺これから冒険者業は殆どしないし。パートナーといっても俺ができることなんて何もないよ?」
「問題ないです。私も冒険者辞めます」
思い切りが良すぎて怖い。表情の起伏が控えめなので心の裡も測りづらいし、なによりせっかく得たチャンスをふいにするほど、俺のパートナーになることに価値があるとは思えない。
「お待たせしました〜!こちら大瀑布パフェと自家製チーズケーキ、火牛の濃厚プリン、ミルクティーになりま〜す!ごゆっくりどうぞ!」
思ったよりも早く料理が届いた。大瀑布の名の通り、冗談みたいな大きさのパフェで見えなくなったカルミアの顔を伺ってみると、目を輝かせている。やはり甘いものの前では年相応の顔を見せるようだ。さっきのとは別人みたいだぁ。
「遠慮せず食べていいぞ」
「いただきます!」
言うが早いか、カルミアは大きなスプーンでパフェをその小さな口に運ぶ。同様に俺もミルクティーに口をつける。
「.....うまい」
「おいひいれふ」
それはよかった。だけどその量が全部身体に入るのだろうか。想像しただけで胸焼けがするんですけど。
俺の危惧している雰囲気を感じ取ったのか、カルミアはパフェの横からひょっこり顔を出して、大きなスプーンに乗った生クリームとチョコソースに埋まった果物を突き出してきた。
「どうぞ」
「お、サンキュー」
目の前のそれを、パクリといただく。生クリームの程よい甘みと苦味のあるチョコソースが果物の酸っぱい果汁と合わさることで絶妙なハーモニーを演出している。甘ったるさがまるで無い。
「どうでふ?」
「完の壁」
その答えに満足したのか、満面の笑みを浮かべる。いやしかしさすがはメインストリートに乗り込むだけのことはある美味しさだ。ここまでの完成度は並大抵の努力では到達できまい。厨房の料理人に心の中で敬礼。
そうしてあっという間に減っていくパフェやケーキを見ながらミルクティーを楽しんでいるうちに、気づけばあれだけの量があった机上のスイーツたちは姿を消していた。
「ごちそうさまでした」
パフェが無くなり、久しぶりに見えたカルミアは目を閉じて余韻に浸っていた。...パートナー云々を忘れてませんかね。
「で、さっきの話だがな」
「ふぁい」
少し雰囲気がぽやっとしている。甘味キメすぎたな。
「結論を出す前に一つ聞かせてくれ。──何故、俺なんだ?」
色々考えたが、ここだけはきちんと聞いておかねばならない。考えにくいことではあるが、カルミアが俺の先史遺品を狙ってないとも限らない。相手の表情、動きに注視する。
「それは私が知る人の中で、先輩が唯一、遺跡探索者として信用できるからです」
「信じられてるのはありがたいが、俺も遺跡探索に関しちゃあ初心者みたいなもんだし、その上冒険者としても中級者がいいとこだ。命を預けるには危険が過ぎる。それだけじゃあ承服できんぜ」
「もちろんそれだけじゃないです」
「ほお。何よ」
正面のカルミアは至って真面目な顔で、こう言い放った。
「勘です。──なんとなく、いいかなと」
俺は想像していなかった返答に面を喰らった。てっきり重い過去の話とか始まると思っていたが、命の危機に関わることにも関わらず、勘か。なるほどなるほど。
「これからよろしくカルミアちゃん。ロマンが君を待っている」
「不束者ですが、どうぞよろしく願います」
そう言って頭を下げるカルミアちゃん。いやいやこちらこそ。不安が残らんでもないが、些細なことだろう。
だって、直感に身を任せる人は信用できるからね!
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