第3話『木こり亭』

「というわけで手に入れたものがこちらになります」


「ほぉーこりゃすげぇ。一瞬で出てくるとは便利なもんだなぁ。でも危ねぇから早く仕舞え。カウンターが焼ける」

「本当に入れたんですね、あの遺跡...。なんだかんだ入れずに泣いて帰ってくると思ってたんですけど」

「あれ?反応薄くない?俺結構すごいことしたと思うんだけど」


 初めての遺跡探索から帰還した次の日に、俺は諸々の雑用を済ませてから、【木こり亭】を訪れていた。


 ここには数カ月前から通うようになっていて、気づけば閑古鳥が鳴いているようなこの店の数少ない常連の1人になっていた。


 というのも、この酒場かつ喫茶店でギルドの側面をもつ【木こり亭】は、過去に王国の土地開発が興隆の極みにあった頃、計画性のカケラもなく、雨後の筍のように無造作に建てられたスラム街のメインストリートの複雑な横道の奥に構えられているため、たどり着くのも一苦労なのである。あまりに僻地なため、スラムに住む浮浪者たちでも滅多に近づくことはない。


 そんな王国のある種秘境ともいえる店では、どこから取り寄せたのか、南の商業国特産茶であるムラチャから北東の帝国特産酒ウロッカまで、多種多様な飲料を提供している。価格はそれなりだが、立地を考えればその手の愛好家には破格の値段であろう。俺は牛乳しか飲んでないけど。


「いやあんまり現実味がないというか...ほれおかわり」


 牛乳のおかわりをその肉体に見合わない繊細な手つきでカウンターに置いたこの男の名はマーカス。【木こり亭】のマスターで、元々はどっかのギルド職員だったらしい。いやどう見ても冒険者だろその顔の傷の数は。


「すごいとは思いますけど、それ以上に私を騙して置いて行ったことにムカついてます」


 笑顔でそう答えるのは、元々バディ契約を結んでいた冒険者、カルミアだ。俺は遺跡探索者として活動する目処が立つまで、数年間冒険者として日々の稼ぎを得ていたのだが、ある日ギルド連合が施行している『新米冒険者補助制度』のメンターとして指定され、その時のバディとしてカルミアを任された。


 期間はメンターが指導対象が冒険者としての一定水準を越えたと判断し、ギルド連合本部へ連絡、認証を得るまでなので、元々優秀であったカルミアは、数回の短期依頼で早々に報告させてもらった。


 バディ契約を解消して以降、『偶然にも』行く先々で顔を合わせることがあったのだが、俺が遺跡探索へ向かう前日、ついにこの【木こり亭】にもその小さな姿を見せた。カルミアが持つ怨念にも似た独特の雰囲気にちびりそうになった俺は、今後の予定を聞かれたとき、咄嗟に適当なことを言って誤魔化したのだ。


 そして今日、俺が入店してすぐに横の席に座られた時は生きた心地がしなかったが、何度か話すうちに自分の恐怖が勘違いであったと思い直した。だからこそしたくて仕方なかった遺跡探索の話をしたわけだが、どうも勘違いは勘違いだったらしい。めっちゃ怖いわこの娘。純粋な怒りや殺意とかじゃねえ、ドス黒い何かを抱えていらっしゃるわ。


「いや騙したわけじゃないっすよホント勘弁してくださいよカルミアさぁ〜ん。あれ?ティーカップ空じゃない?ちょっとマスター!おかわりください!もちろん俺の払いで!」

「はいよ。特製竜卵ホイップクリームティーお茶抜きお待ち」

「それは飲みものなの...?」

 

 カルミアは黙ってティースプーンを使って掬いながら少しずつ、黙々とクリームを舐めている。よかった、覇気が弱まった...あ、笑った。もしかしたら甘党なのかな?重症な方の。


 何はともあれ脅威は去ったし、コレで本題に移れる。



「なぁマスター、この度俺はあの遺跡を探索した最初の1人となったわけだが、これ『連盟』に報告すべきだと思う?」


 連盟とは、『先史遺産探究連盟』の通称であり、秘匿国家ミリオンを除く大国小国の遺産研究家たちで結成されている国際的な学術組織のことだ。学術組織とはいうが、その実態は100年前、唐突に他国との関係を断ち、物理的・魔術的にも『干渉不可』となったかつての信仰国家ミリオンの未知の技術力を恐れた当時の各国首脳たちが協議の末に結成した組織である。


 しかし現在、100年の間全く動きのないミリオンや、遺跡へのエントリーが困難であること、さらには利用しやすく効果的な魔術の存在があることから、連盟の活動は縮小されており、それゆえか連盟には『黒い噂』が囁かれるようにもなっている。


「あそこはどうも胡散臭ぇからなぁ。昔は報告の義務をしつこく周知していたもんだが、今ならまぁ、お前さんの自由にすりゃあいいんじゃねぇか」

「よし、じゃあ独占する方向で」

「決断が早えな。俺が報告を勧めてたらどうしたんだ」

「悩んで報告するフリをして独占してた」

「じゃあ聞くなよ...」


 いやいや、若輩者には先人の知恵が必要だよ。それを聞いてどう行動するかはともかく。それに、




「(報告するよう勧められてたらなんとなくここに来づらくなるからなぁ)」


 これからグレー寄りの活動をする以上、周囲の人間にはある程度気をつけねばなるまい。あんまり気を張り続けるのも面倒なのである程度、だが。


「よーし!ここは俺の奢りだ!ヒゲ爺以外は好きに飲んでいいぞ!」


 一安心したところで、なんとなくマスターに恩返しじみた事がしたくなったので、周囲に声をかける。先日売ったヒトガタの残骸が高く売れたので、懐にはだいぶ余裕がある。数人程度なら全く問題はないだろう。


「なんでワシ以外なんじゃ茶髪頭!老人に対する労りの心はオヌシには無いんか!」


 店内には俺含めて5人いる。カウンター近くのマスター、カルミア、俺に加え、そこそこ広い店内の隅で空瓶に囲まれる常連の呑んだくれ老人のヒゲ爺、そしてそのヒゲ爺に酒を注ぐ超絶可愛い看板娘のミミィちゃんだ。


「やかましい!アンタ奢りだと遠慮なく高え酒を限界まで頼みまくるだろうが!一本までなら許可する!」

「限界までじゃと!?馬鹿にするな、限界まで飲んだ後は持ち帰りの分も頼むわ!!」

「そうか!帰れ!」


 俺はヒゲ爺の席まで行って怒鳴りつける。このジジイはダメだ。酒に呑まれてやがる。


「なんちゅうことを...ミミィちゃん、この口さがない男になんとか言っとくれ!」

「アタシは果実酒で」

「ミミィちゃん!?」

「マスター果実酒!早くしろ間に合わなくなっても知らんぞ!!!!」

「うるせぇなぁお前ら...はいミミィちゃん果実酒ね。これ、今朝仕入れた最高級のメイロンつけとくからね、あまりは帰りにあげるから持ってって」


「メイロン苦手なんですけど」


 ミミィちゃんはマスターに憮然と告げる。

 マスターは恥のあまり壁にめり込んでいる。


「おら何がマスターじゃミミィちゃんの好みも知らんとは片腹痛いわそれワシにちょうだい!!!!」

「それは嫌です」

「なんで!?」

「ヒゲ爺に食べられるメイロンが可哀想で」


 ヒゲ爺はショックで固まった。ミミィちゃんにナチュラルに嫌われてることを今更知ったのが効いたようだ。哀れ。


「じゃあこのアホ2人は放っておいてさ、どこか食事にでも」


 行こうか、と続けようとしたとき、不意に口が塞がれる。どうやら黒い精緻な模様が輪っかになって、猿轡のようになって締め付けられているらしい。


 同時に、背後から圧を感じる。




「それはいいですね、行きましょう」


 口元についたクリームを舐めながら、糖分が切れた様子のカルミアさんが、いつも通りの薄い笑顔で微笑んでいるのが見えたのを最後に、俺の身体は頭のてっぺんからつま先まで、『黒』に縛り付けられた。


 そしてそのままカルミアさんによって俺の身体は店の外へと引き摺られていく。



「『私の相棒』が失礼しました。...ホイップクリーム、美味しかったです。また来ますね」



 カルミアさんは至っていつも通りに、自分が元先輩を拉致していることをまるで気にもせず、マスターに対してお礼を言った。


「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


 そしてミミィちゃんもやはり何もなかったかのようにマスターの代わりにお礼を返したのが聞こえた。


 

 店の外に出て、カルミアに黙って引き摺られながら俺は考えた。


 これから自分がどこへ連れていかれるのかということ、ミミィちゃんが助けてくれなかったこと、カルミアの執念の正体について。いろいろな考えがグルグルと頭の中を巡る。そうしているうちに考えるのが面倒になって、全部がどうとでもなれという気分になる。ただ心残りが一つ。




 これ、食い逃げじゃね?



 









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・ヒゲ爺は80歳。150cmくらい。痩身。趣味は孫と酒を飲むこと。

・カルミアは15歳。145cmくらい。標準(自己申告)。趣味はスイーツ巡り。

・ウェットは21歳。180cmくらい。標準。趣味は料理、遺跡攻略、先史遺品の収集。

・ミミィは20歳。160cmくらい。豊満。趣味は勝つこと。

・マーカスは57歳。230cmくらい。超豊満。趣味は接客、娘へ贈り物選び。

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