第14話 温もり
リンカとケラルは内政省ではなく軍警察の庁舎に行くこととなった。
押収した資料の整理や調書の作成など、やることは多岐に渡る。
ケラルは重要参考人であるため、リンカと共に調書の作成をすることとなった。
個室でリンカとケラルが向かい合って座り、これまでの出来事を整理する。
「夜に電話をかけたのは、軍警察が来る前に子どもたちを連れて雲隠れしようと計画していたのをキャッチしたためと」
「そう。内務官に嗅ぎつけられたことで連中は危険だと判断したみたい。リンカには夕方って言ってたけど、それじゃあ間に合わないと思ったんだ」
「なるほどな。もう一ついいか?」
「なんだい?」
「わたしに手紙を出すとき、どうして軍警察のリンカ宛てだったんだ? 他の連中に見つかるリスクがあっただろうに。それに、手紙を出すにしても施設の出入りは自由じゃなかったんだろう? どうやってチェックをすり抜けたんだ?」
リンカはずっと引っ掛かっていた。もしも他の職員に手紙を出してもらうにしても、宛先を見られたらすぐに内容を確認されてしまうはずだ。
「うん。宛先はリンカが内務官だって知らなかったからしょうがないんだけど、出すのは上手くできたんだ。施設に来た郵便配達員の集配鞄にこっそり入れたんだよ。料金後納って書いてね」
一度鞄に入れてしまえば実際の差出人と宛先がなんであれ有耶無耶にできる。万が一施設内で郵便局員の鞄の中身を見られてしまっても手紙の内容を脱税にすり替えておけば子どもの売買の告発とは思われないだろう。
リンカが受け取って気がついてくれるかは運だったが、実行したときはこのやり方にかけるしかなかった。
「郵便料金はわたしが後で払っておくよ。流石だな」
「ちなみに、僕の名前もあぶり出しで見れるようにしたんだよ」
「よし、内政省に戻ったら試してみよう」
ケラルのあぶり出しは本当かもしれないが、リンカの試す発言は冗談だ。ケラルの出した手紙は証拠品なので遊んだりはしない。
リンカはケラルの証言を纏める。軍警察は養護施設を押さえている部隊を支援すべく、追加の人員を送った。これで施設引き上げの協力者を逮捕できれば今後の捜査もかなり進むだろう。
作業自体は順調だが、終わりまでは果てしない。
結局二人と救出部隊のメンバーは朝まで働くことになった。
朝方になってリンカは調書の作成から解放される。
ケラルは売られた子どもたちの行方を追うためこの後も軍警察に協力するらしい。
施設は子どもを買った顧客に再度声をかけることもあったらしく、顧客のリストが残っていたため一斉検挙に乗り出すそうだ。
リンカもケラルも売られた子どもたちの無事を願った。
朝日の差す部屋で、ようやく軍警察での仕事を終えたリンカはケラルに歩み寄る。
「ケラル、よく聞いてくれ」
「うん?」
「事態が事態だからわたしだって最後まで付き合っているが、この調書の作成は軍警察の仕事であって内務官の仕事じゃあない」
「そうなの? じゃあ、リンカの仕事って?」
「この仕事の前と後だよっ」
リンカは手にしていたボードでケラルの頭を軽く叩いた。
睡魔に汚染されかけているケラルはふらふらしつつもなんとか意識を保つ。
「ごめん」
「謝るなよ。これでもジョークのつもりだ」
眠ってしまう前に、ケラルはリンカにお礼を述べた。
「ありがとう。子どもたちを助けてくれて」
「礼なんかいいんだ。子どもたちが無事でよかった」
「また協力をお願いするかも」
「ああ、いつでも連絡しなよ」
リンカはケラルに別れを告げてから部屋を後にした。
リンカは眠たい目を擦って内政省に戻ることにする。眠りかけた状態で車を運転できないので、軍警察の職員に運転して貰った。
執務室に戻ると席に座ったままのマキアがいた。
「リンカさん……よかった……」
「すまない、ずっと待っててくれたんだな。後で詳しい事情は話すが、上手くいったよ」
「そうなんですね」
マキアはずっと眠らずに待っていたのかもしれない。リンカの言葉にコクコクと何度も頷く。そのままのリズムで船を漕いでしまいそうだった。
「疲れただろ、今日は休みにして帰りなよ」
「かえれません、ここで寝かせてください」
「かまわないよ」
マキアの机の上には今朝届いたばかりの書簡があった。封を開けられているところを見るとマキアはこれから確認しようとしていたらしい。
「ん? 貴族院から?」
手紙を要約すると『匿名で養護施設に寄付をした貴族の団体があるのだが、団体の名義を明らかにした方が問題が起こらないのではないかと今更思った。どっちがいいのか教えてほしい』という内容だった。
「まさかボヒン商会の施設の寄付は……」
これはパップスにも教えてやるべきだろう。
リンカの呟きに目を閉じていたマキアが反応する。
「あっ、そういえば、リンカさんが来る少し前にボヒン商会のポルクさんから連絡がありました。軍警察からの要請で、リンカさんたちが保護した子どもたちを施設で預かるからその連絡だそうです」
「わかった、わかったから、もうゆっくりおやすみよ」
マキアの机上には手紙の他に行方不明の子どもたちを捜索するための名簿やチェックのつけられた地図が置かれていた。
リンカが不在の間、マキアは彼女なりにできることをしていたらしい。
マキアが再び目を瞑ったのを確認してからリンカも自席に座る。
「後でパップスさんに施設の全調査を依頼しないと……」
今回の件でリンカは養護施設の出納を調査しなければならないと考えた。もっと言えば、国内に点在する民間の養護施設の国営化も検討すべきかもしれない。
しかし、今は頭があまり働かないので少しだけでも仮眠させてほしい。
そう思って深呼吸をしたタイミングで、眠ったはずのマキアはまたしてもリンカに話しかけてきた。
見た目だけでなく声もふらついているので寝惚けているのかもしれない。
「リンカさんは、どうして軍警察や内務官になったんですか?」
珍しい質問だ。というより、こんなにストレートに理由を聞かれたのは初めてかもしれない。
「んん? そうだな。わたしが人を不幸にするばかりの人間じゃないと証明したかったのかもな」
不思議なことだが、マキアに聞かれると素直に答えられた。
「なら、もう証明されてますね。あたしもリリも、ケラルさんも子どもたちも、みんなリンカさんに救われましたから……」
言い終えたマキアは今度こそ眠りについた。
マキアの言葉はリンカに安らぎをもたらしてくれた。
――そうか、わたしは人を不幸にするだけの女じゃないんだな。
リンカは口で言うほど他人を救えたとは思っていなかった。これまでを振り返っても、犠牲や救えなかった人間は多い。それでもマキアが言ってくれた言葉で、誰かに手を差し伸べる生き方ができたのだと実感できた。
リンカも仮眠をとろうと目を閉じる。もう父の悪夢にうなされることもないだろう。
父が死んだとき、リンカは特に悲しむこともなかった。無関心だったわけではない。父の死で悲しむには革命で人を失い過ぎた。
幼い頃は父が好きだった。父のあの一言がなければ今でも好きだったかもしれない。けれども、一度できてしまった溝は埋まらなかったのだ。
それだけである。死後の世界があるのかは知らないが、あるのなら両親で幸せに暮らしてほしい。今だけはリンカもそう思えた。
暖かい日差しが執務室を照らす。
リンカは自身の生涯において得難い助手に感謝しながら眠りの世界へと意識を移した。
内務官リンカと助手のマキア じゅき @chiaki-no-juki
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