真実
この国は食糧問題に直面していた。
人口の増加に加え、近隣諸国との関係悪化は貿易に多大な影響をもたらした。
国民全員が今まで通りの食生活を送ることが困難になった。
窮地に陥った我が国は、国民の収縮計画<シュリンク>を打ち出した。
食糧をすぐに確保することは難しい。
だから、食糧を必要とする人体の方を小さくしてしまおうという、ある意味で合理的な計画だ。
ただし、シュリンクを免れる救済措置もきちんと用意されていた。
特別上納金を納めることで、一般の国民でもシュリンクすることなく、今まで通りの食生活を送ることができる。
上納金は年々負担が重くなっていった。
そして、年々シュリンクする人が増えた。
どちらにしろ多くの国民をシュリンクさせる計画だったのだ。
順番が変わっただけで、多くの国民が徐々にシュリンク社会への移行を余儀なくされた。
こうして、政治家や国防に関わる人とその家族、そして富裕層を残して、多くの国民がシュリンクを受け入れた。
僕ら家族がシュリンクを受け入れたのは、シュリンク計画が開始された三年目だ。
当時、僕は幼く、されるがままだった。
妹は、今でも自分の状況を把握しきれていないだろう。
しかし、母は取り乱したのを覚えている。
自分の子どもたちが成長してもベーゴマよりも大きくならないのだ。
今であれば、それがどれほど悲観的なことか、少しは理解することができる気がする。
僕たち家族は複雑な気持ちを抱えながら粘土を
シュリンクを受け入れる人たちは粘土を支給され、シュリンクしたときに自分たちの住む家を作らされる。
僕は、自分一人の部屋ができることを、密かに喜んだ。
こうして僕は小人として生きることになった。
小人は普通の人間との直接的な関わりはなくなる。
そもそも居住区が違う。
日常生活の中で関わったとしても、問題にはなりにくい。
極端なサイズの違いは、もはや別の生き物だ。
とはいえ、ネットでは小人は虫ケラと揶揄された。
まったく、あんな虫と一緒にされたくはない。
むしろ、虫は大敵なのだ。
タツノオトシゴ池に来るまでの間にも、虫と遭遇しかけた。
しかし、でかくなるだけでなんで虫はあれほど気持ち悪く感じるのか。
こうして人類は「人間」と「小人」に二分された、かに思えた。
だがモリサキさんは自身のこを番人だと言った。
僕は、とても驚いた。
僕も番人に関してはニュース記事を読んだだけだった。
この国は近隣諸国と対立関係にある。
国交が絶たれた今も、その関係は続いている。
そして、今後、その国々が我が国へ進行してくることが予想される。
我が国は困っていた。
そうして、兵器の開発を推し進めた。
その中には、人体兵器も含まれていた。
人間の巨人化。
それが、「番人」だ。
番人の候補者がどのように選ばれるかは分からない。
記事には、肉体的エリートや戦術理解の能力などスポーツ選手のような条件が並べられて予想されていた。
他には、精神面の強さだ。
番人は兵器であるゆえに人の命を奪うことになる。
その面からして、軍人が候補生となっているのではないかとの新聞の予想だ。
何より、一度巨人になったら元の身体に戻ることはできない。
孤独な身体だ。
また、番人になる条件は家族がいること。
番人の家族は手厚い待遇を受ける。
国の中心で生活することができる。
とはいっても、それは単に番人の家族を人質に取っていることに変わりない。
踏みつぶしてしまえばいい小人と違って、番人を手懐けておくのは一筋縄ではいかない。
初期の巨人化の候補として5名が選ばれた。
内2人はその実験の途中で死亡。
また、一人は精神崩壊を起こしている最中らしい。
つまり、今現在で健全な番人は2人ということになる。
その一人がモリサキさんらしい。
「僕はもう社会に疲れた。同じ種族というだけで絶えず比較される。言葉が通じるだけで価値観も通じると思われて押し付けられる。もう放っておいてほしかった。だから、番人の話を聞いたときは、渡りに船だった。」
モリサキさんが続ける。
「人間をやめてしまおう。違う種族になってしまえば、もう比較されることはない。家族が人質に取られるというが、家族が恩恵を受けられることに変わりない。両親は僕が国のために役に立てることを誇りに思っている。妻ももう何とも思っていない。」
モリサキさんが長いチャットを送り続けてくる。
僕は、ひたすらチャットを読んだ。
「家族は、僕が謀反を起こすわけがないことを知っているんだ。僕が社会から距離を置いて文学に振れる生活を送りたいことを知っている。大それたことはしない、と。実験には死が常につきまとうが、そうなったらそうなったで仕方がない。どの道、家族は悠々自適な生活が約束されているんだ。僕は、その動機だけで十分だった。」
グオーッ。
大きな咆哮のような音に、僕は携帯端末から顔を上げた。
タツノオトシゴ池の向こうに見えた山々が
それは咆哮だったのか。
それとも単なるため息だったのだろうか。
番人のニュースを見たとき、それはどこか遠い国のできごとかのようだった。
そんな存在が現実にいたとしても、その人はヒーローや戦うことが大好きな戦士をイメージした。
しかし、実際には悲しい人だった。
心を持った人だった。
僕には、モリサキさんの方が、誰よりも人間らしく思えた。
モリサキさんの声がこだまする。
僕は右手に意識を集中させた。
ピクリと右手の人差し指が動く。
文字通りの小さな手だ。
収縮の日以来、母の姿が頻繁に思い出される。
子どもの未来を憂いて涙を流す姿だ。
そんな母の姿を見て以来、僕は自分に期待することをやめたのかもしれない。
身体がシュリンクしたのに合わせて、心も希望も未来も萎んだ。
そのような感覚を味わった。
僕は立ちあがって、モリサキさんを見上げた。
もちろんモリサキさんの表情までは見えない。
だけど、この光景を焼き付けておかなくてはならない。
そんな使命感を感じた。
僕は荷物をまとめて持ち上げて、元来た道を再び歩き出した。
交信 反田 一(はんだ はじめ) @isaka_haru
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