出発

天気は良好。

時折、やさしい風が吹き抜ける。

絶好の散歩日和といえる。

とはいえ、油断は禁物だ。

いくら整備され柵で守られた道とはいえ、居住区を出てしまえばあとは自己責任だ。

道の両脇の背の高い植物の間から何が出てくるか分からない。

柵があるといっても、時間稼ぎくらいにしかならないだろう。

風が葉を揺らして音を立てる。

そのたびに警戒するくらいでちょうどいい。

そんなことを肝に銘じながら、歩を進めた。



気になるのは、モリサキさんのことだ。

注意して歩きながらも、モリサキさんに思いを馳せる。

モリサキさんは自分のことをあまり話さない。

文学に対しては鋭く分析はするが、生活感のある話題はまったくと言っていいほど出てこない。

ちゃんとリアルの生活とネットでの活動を切り分けているのだろう。

きっと分別のある大人な人に違いない。

モリサキさんの目にはこの世界がどう見えているのだろう。

この世界をどのように分析するだろう。

以前に何度かそういう話題を振ろうとしたことがあった。

「本当にこの作家さんは面白いですよね。面白いことを考え出すのはいつだって人間ですよね。なんで僕らからはそういうものが生まれないんでしょうかね。」

モリサキさんから少し間が空いてから返信が来た。

「種族ハ関係ナイデスヨ。面白イ物語ヲ書イタコノ作家サンガ、タマタマ人間ダッタ、トイウダケノコトデスヨ。」

うまくはぐらかされてしまった。

モリサキさん自身が人間なのか、そうでないのか、結局分からなかった。

どちらとも取れる回答だった。

それ以上に、モリサキさんらしい回答という印象が強く残った。

やっぱりモリサキさんは人間なのだろうか。

あれだけ賢いのだから、人間であってもなんら不思議じゃない。

たとえそうであったとしても、モリサキさんは尊敬できる存在であることに変わりはない。

「ただ、友達になることは難しいだろうなあ。」

急に気分が落ち込んでしまった。

気づいたら、僕は道の真ん中で立ち止まっていた。

家を出たときのテンションはどこに行ったのか、自分でも不思議に思うほどだった。



そのとき、空気が振動したのを感じた。

何かがいる。

音というよりは、気配で気づいた。

僕はとっさに道の脇に身を寄せてしゃがみこんだ。

道は地面を掘って作られているため、他より一段低く窪んでいる。

とりあえずは外から身を隠すことができる。

すると、すぐに何かがゴソゴソと動く音が聞こえ出した。

サイズはそれほど大きくないのがあ、音の感じで察知できる。

戦えば勝てるだろう。

少なくとも一対一ならば。

だが、向こうの数が分からないし、戦いが長引けば別の脅威に出くわすリスクが増す。

何より帰りの道を歩って戻らなくてはならない。

少なくともその体力を残しておかなくてはならない。

僕は息を殺して道の向こうの状況を窺った。

ガサゴソと動いていた音の主は、周囲の様子を探っているのか、その場で静止していた。

が、しばらくすると、また移動を始めたらしく、僕から遠ざかっていった。

辺りに再び静寂が訪れた。

僕は足の力を抜きその場に座り込み、体内に押しとどめていた残りの息を吐き出した。

どうにかやり過ごすことができた。

しかし、今ので予想以上に精神を削られた。

「はあ」

何をやっているんだろう。

一人で勝手に盛り上がって、勝手に意気消沈して。

勝手に居住区を飛び出して、一人でドキドキして。

帰ろうか。

その前に、とりあえず休みたいな。

ただ、もう少しで隣町のところまで来ている。

とりあえずは目的地まで行ってしまおう。

そこで休んでから帰ろう。

「よし」

僕は反動をつけてなんとか立ち上がり、再び道に沿って進み始めた。



隣町へ来るのは久しぶりだった。

タツノオトシゴ池の水面は太陽の光が当たってキラキラと輝いている。

池の周りは広く舗装されている。

道中のように襲われる心配がまったくないわけではないが、遠くまで見通せるため対策が取りやすい。

僕は池がよく見渡せる場所を陣取って腰を下ろした。

池の向こうには歪な形の山々が望める。

前回見たときとは地形が変わっている。

だが、それも、よくあることだ。

そして持って来た携帯端末を起動した。

ここまで来たのだ。

どうせならモリサキさんと交信しよう。

駄目で元々。

もうモリサキさんはここにはいないかもしれない。

何より、僕の性分がその行動を促した。

僕の、人を驚かせてその驚いた表情を見たい、という性分が。

ブラウザを開くとチャットが表示された。

僕は現在位置と共にコメントした。

「モリサキさん、今僕がいる場所が分かりますか。」

果たしてモリサキさんはどんな反応をするだろうか。

もうここにはいないだろうか。

それならそれで構わない。

ただ、どうしても一つ確かめたいことがあった。

それが叶うなら_。

「驚キマシタ。オ互イニ近クニイタノデスネ」

モリサキさんの返事を確認した後、立て続けに僕も送信した。

「モリサキと会えますか?モリサキさんは、人間ですか?それとも、小人ですか?」

しばらくして、またモリサキさんから返信が来た。

「僕ハ、番人デス」




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