第69話 反カサンの狼煙 ~ラハン団~ 3

 森の茂みの中の、わずかに人が踏みしめて出来た道をしばらく進むと、カッシと約束していた場所にたどり着いた。

カッシはすでにそこにいて、ナティを待っていた。カッシにぴったりと寄り添うようにして小さな女の子が立っている。

「よう、おめえ、とことん時間に律儀な奴だな。約束の時間に遅れた事は一度もねえ」

「相手を待たせちゃいけねえ。大事な事だ」

 カッシは思いの他真面目な顔で答えた。

「大したカサン帝国臣民じゃねえか! 昔オモ先生がよく言ってたよな。立派な帝国臣民たるもの、時間に厳格でなければならないって」

「ああ、覚えてる」

「だがな、カサンの方じゃおめえを立派な帝国臣民だなんてこれっぽっちも認めちゃいねえぜ」

「認められて何かいい事あるか?」

「そう言われっりゃ……何もねえけどな」

 ナティはカッシにぴったりとくっついてる女の子に声をかけた。

「初めて会うな。名前は何て言う?」

 カッシの背中の後ろにサッと顔を隠した女の子に代わってカッシが答えた。

「ジューだ。恥ずかしがり屋だが、これでなかなか賢い子でね。仕事を色々覚えさせようと思って連れて来た」

 カッシはそう言いつつ、背負っていた袋を地面に下ろし、口を開き、さらに小さな袋を取り出した。中には「魔法の実」が入っている。

「いくついる?」

「三つ」

「前は二つだったが今日は三つか?」

「ああ。仲間で怪我する奴が増えたからな」

「加減の方は大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ」

 ナティはカッシから何度も「魔法の実の扱いには加減が大事だ」と聞かされていた。

「病人や怪我人が出たら、こいつを砕いてちょっとずつあぶって吸わせる。そしたら痛みが取れて元気になる。だがな、ここが肝心なんだ。これをだんだん吸ってるうちに、やたら気分が良くなってくる。まるで天にも昇るような気分になってくる。この気分が良くなりかけの所でピタッとやめる。そこが一番肝心で一番難しい所だ。うまいことやめられなかったら、薬が切れた時に地獄の気分を味わう。ニジャイにも言ってきかせたんだが、あいつはダメだ。だがおめえは賢いししっかりもんだからうまく扱えるだろうよ」

「あいつら、なまじ金を持ってるせいでいくらでも魔法の実が買える。それが仇になってんだな。ピッポニアの連中はシャク人のゲリラ組織には金をやるが、地べたを這いずり回ってるような俺達にゃ目もくれねえからな。シャク人てぇのはちんちくりんの顔してるくせにずる賢くて、ピッポニアの白ねずみ連中と気が合うんだよ」

 カッシは泥のように思い目をナティの方に向けたまま言った。

(俺ら山のもんにしてみりゃ、シャク人もおめえらアマン人も同じ位ずるくて賢く見えるけどな)

 ナティは急に自分の言った事が恥ずかしくなった。

「ええと、あと、袋の方はあるかい?」

「あるぜ」

 カッシはそう言って、紐で束ねた薄くて白い袋の束を差し出した。カッシの話によると、魔法の実はこの白い袋に包まれて出来るのだという。ナティは袋の束を手に取り、その一つを引っ張りながら言った。

「すげえな。こんなに薄いのに全然破れねえ。これを仕込んであれをすれば、男はあっという間に寝込んでしまう」

「もともとは使い道もなく捨ててたもんさ。だがな、おめえのくれた新聞に書いてあったんだよ。カサン人の女は、子どもが欲しくねえ時アソコに袋を仕込んで男と寝るって。そんなら、それと同じようにこれを使えるかもしれねえなって」

「すげえ! つまりこれを売る事を考えたのはお前ってわけか!

「まあ、そうだな」

「これのおかげで女はみんな助かってんだよ。本当におめえはすごい!」

「凄くねえよ。無い物を一から作るのとはわけが違う」

 カッシはそう言ってほんの少し笑った。カッシはかつてナティやマルと一緒に学校で勉強した仲間だ。あの頃の彼は勉強も出来ず、怠け者でだらしない子と見られていた。しかし山の仲間達の中で唯一読み書きが出来るカッシは責任と自信がそうさせるのか、言葉も振る舞いもかつてとは比べ物にならない程しっかりして思慮深くなっている。ナティはふと尋ねた。

「おめえら山の仲間が住んでる集落はこの森を抜けた先にあるんだな。よくこんなおっそろしい森の中を毎日毎日抜けて来れるな!」

「おら達だっておっかねえさ。だがそうするしかしょうがねえんだ。中には妖怪に命を奪われるもんもいる。だけどな、おら達にとっちゃあ妖怪よりも人間の方がおっかねえ」

「……そうか」

 カッシの連れて来た女の子は、いまだ警戒心が解けないらしく、カッシの後ろに隠れたままじっとナティの方を見ていた。

「いつかおめえの住んでるとこに行ってみてえな。でも今は、組織の掟で勝手に出歩くわけにいかねえんだ」

「あんたは変わってるよ」

 カッシは言った。

「あんたもマルも変わってる」

(マル……)

 ナティは心臓を鷲掴みされた気がした。マルと自分の今の距離はあまりにも遠い。

「おめえは今、オムーの言いなりか? 自由がねえのか? あんまり楽しそうじゃねえな」

 カッシはそう言うと、女の子の肩を軽く触れて向きを変えた。ナティはとっさにカッシの背中に向かって叫んだ。

「おい、カッシ、俺は自由だ! 自由なんだ! ただ、今はやらなきゃいけねえ事がある。だから……!」

 カッシは立ち止まり、一度ナティの方を振り返って見た。そして再び歩き出した。

(いや、待て、俺は本当に自由か? 俺は自由なのか? いや、おれは自由を得るために戦ってるんだ。カサン帝国の支配から自由になる。だから今は不自由を我慢して戦ってるんじゃないか……)

 カッシの姿が見えなくなっても、ナティはしばらくその場に一本の木のように立ったまま、自問自答を繰り返していた。

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