第68話 反カサンの狼煙 ~ラハン団~ 2
「あの山猿はシャク・ジーカの手先か?」
「山猿? カッシの事か? あいつは連中の手先じゃねえ。連中相手に商売してるだけさ。それからあいつに対し『山猿』なんて言い方よせ」
「カサンの女教師にお上品な言葉遣いしろと吹き込まれたからそんな事言うのか」
「そんなんじゃねえ!」
ナティはイライラして立ち上がった。ナティが一番聞きたくない嫌味だった。ナティが出て行こうとすると、
「待て!」
オムーの声がナティの腕をわしづかみにするかのように引き留める。
「今日はこれから新入りの入団試験だ。お前も立ち合え」
「フン」
ナティは鼻を鳴らした。オムーが入団志願者を実際仲間に加えるかどうかについてナティの意見を聞く気などさらさら無いのは分かっていた。単に「こいつは俺の女だ」と新入りに見せつけ、手出ししないように牽制するだけのことだ。
「オムー団長! 入団希望者を連れて来ました!」
小屋の外から声がした。
「よし、入れ」
オムーの片腕とも言える側近、ザウルに続いて入って来た男を目にするやいなや、ナティは目を見張った。
(……パンジャ!)
それはナティの姉プシーの嫁ぎ先のアッサナック家の末っ子、パンジャだった。カサン軍に靴を売ってしこたま儲けている金持ちの家の息子がなぜ反カサン組織に? ナティは解せなかった。
実際パンジャは無理やりここに連れられて来たかのようにオドオドと周囲を見渡していたが、ナティに目をとめるやいなやパッと顔を輝かせ、いきなりペラペラ喋り始めた。
「ナ、ナティ! ナティだね! お、俺は君の弟のサニクから、ナティが反カサン組織にいるらしいって聞いて、ずっとずっと探してて、これまで二つ組織を回ったけどいなくて、でもやっと見つかった! ここにいたんだね!」
この時、不意にオムーは立ち上がったかと思うと、パンジャの腹に雷のような一撃を打ち込んだ。釘のように細い腕の一体どこにそんな力が潜んでいるのか、という程、鋭く深い一撃だった。パンジャはいきなり白目を剥いて床に崩れた。
「何をする!」
ナティはとっさに叫んだ。
「俺に問われる前に勝手に口をきく奴は許さん」
パンジャの口の周りには泡が噴き出している。
「お前の家には金があるから、たんまり財宝を持ち出して来たんだろうな」
パンジャは大きく首を動かして頷き、服の内側からネックレスや首飾りなどを取り出した。
(みんなプシー姉ちゃんのじゃないか? プシーの部屋に忍び込んで持ち出したな、こいつ!)
ナティは思った。
(なんだ、たったそれしきか)
オムーはパンジャのシャツの襟ぐりをつかんで揺さぶりながら言った。
「随分服が膨らんでるから、たんまり持ち出して来たかと思ったらみんなてめえのぜい肉か! 役立たずの豚野郎! ついでにこのシャツも脱げ! 靴屋ふぜいの男はもともと上半身裸で過ごしたもんだ」
「は、はい……」
パンジャのシャツの下から現れた白っぽい肥満した体は、ひどくみっともなく弛緩して見えた。
「カサン人相手の商売をしてしこたま儲けた家のせがれのお前が我々の仲間に加わろうというのは、相当の覚悟の上だろうな。お前は俺が命じたら家族も殺す事が出来るか?」
「は、はい!」
「ちょっと待て! つまりお前はプシーも殺すって事か!?」
ナティは激高して叫んだ。
「ナティ、黙ってろ。俺はマルを殺す覚悟だって出来てる」
「そんなバカな話あるか! 家族を殺してもいい正義なんてもんがこの世にあるわけねえ!」
「ナティ、黙って聞け。生半可な覚悟じゃこの国は変わらねえ。いいか。我々はラハン団だ。ラハンというのは俺の兄貴の名前だ。ラハンはダムを造るためにカサンの連中に強制動員されて、カサンの連中にこき使われて殺された。こうやって俺達は何年も何年も、虫けら同然に扱われてきた。そしてこの国から富を搾り取る奴らとそれにぶら下がる連中だけが栄えてきた! そいつらを根絶やしにしねえ限りこの国は変わらん!」
ナティはオムーを見てゾッとした。彼の背中から、真っ黒な炎が上がっている。
(これは妖怪……『怒りの火』だ!)
黒い炎については、幼い頃マルの母ちゃんから時々聞かされていた。
「おやおやナティ、あんたにまた黒い火が灯ってるよ。怒りん坊さん。これは早いうちに消しとく事が肝心だよ。大きくなるととんでもない事になる。物は焼かないが人から人へと移って人の心を燃え上がらせる。そうすると人は恐ろしい行動に駆り立てられるのさ……」
今、ナティは言葉を発する事も出来ないまま、業火に包まれたオムーを茫然と見つめていた。かと思うと、炎は彼がえりぐりをつかんでいるパンジャに移った。すると突然、パンジャが叫んだ。
「俺は、俺は。俺はーー!」
ナティは目を見張った。
「俺はこれまでちっとも幸せじゃなかった! みんなが俺の事をバカにしていじめやがった! 俺の親父はカサン人に頭を下げて汚い仕事をして金を稼いでいる! こんな世の中は嫌だ! 俺をバカにした奴はみんな殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! アアア!」
オムーから燃え移った炎がパンジャの背中で大きく燃え上がる。ナティは二人を見詰めたまま身動き一つ出来ないでいた。恐ろしい光景だった。遠くの方から、マルの母ちゃんの声が聞こえてくる。
「黒い炎を消すにはね、なるべくきれいなもんに触れて、見て、聞くのが一番さ。花でもいい。あんたの好きな歌でもいい」
しかしそんな美しい物はここには無い。そして目の前の二人には、自分の身を焼き尽くすかもしれない業火が見えないのか? 恐らく見えないのだろう。
「お前は我々に忠誠を誓うか!」
「……ハイ!」
「我々にお前の持っている全てを差し出せるか!?」
「ハイ!」
「俺が命じたら人を殺す事が出来るか!? たとえお前の家族であっても?」
「出来る!」
ナティはサッと身を翻し、小屋の外に向かった。これ以上、このおぞましい光景を見続ける気になれなかった。
「ナティ、どこへ行く!?」
「ちょっくらカッシに会ってくる」
「おめえ、最近よくあの山猿に会うな」
「情報収集さ。あいつは色んな所に出入りしてて、色んな事を知ってる」
ナティはそのまま小屋の外の梯子段を駆け下りた。そして逃げるように小屋を離れた。
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