第67話 反カサンの狼煙 ~ラハン団~ 1

 ナティが新聞を手に腰を下ろすと、オムーが徐ににじり寄り、その傍に腰を下ろした。ナティは素早く、尻一つ分オムーから離れた。

「なぜよける?」

「俺には俺のテリトリーってもんがある」

「お前の横に座らなきゃお前の読んでるものが見えねえ」

「チッ、読めもしねえくせに」

「えらくでかい写真が載ってるじゃねえか。誰だ、この男は」

「新しいアジェンナ国王だとよ」

「何!」

 オムーはナティの手から新聞を奪い取り、しげしげと見入った。

「前の王と後継予定だった王子がピッポニアに通じてたらしいから、カサン帝国がこの若い男に挿げ替えたんだろうな。前王の第一王子で正当な王位継承権保持者って書いてあるけど、本当かねえ。まあどっちにしてもカサン帝国の操り人形だ」

 ナティはオムーの横から新聞を覗き込んた。

「……おや、タガタイ第一高等学校卒業って書いてある。マルが行った学校じゃねえか!」

「…………」

「なあオムー、読めもしねえくせになんでそんなにじっとこいつの面を眺めてんだ? もしかして惚れたか? なかなかいい男だしな」

「バカ言え」

 オムーはそう言うなり新聞を放り出した。

「それにしてもオムー、なんでカサン語を覚えようとしねえんだい? カサンの連中の動きや考えを知るにゃそれが一番だぜ」

「お前一人カサン語が分かればそれで十分だ」

「マルはあんなに喜んでカサン語覚えたのに」

「あいつの事は口にするな!」

「何だよ。何怒ってんんだよ。マルの事が嫌いな奴なんてそういねえ。あいつは人懐こくてみんなから好かれてた。なのになんで、実の兄貴のお前があいつを憎む?」

「俺も子どもの頃はあいつを可愛がったもんだ。泣き虫で何も出来ないあいつが怪我しないよう見張り、いじめられたらかばってやり、面倒見てやったもんだ。だがあいつは裏切者だ。裏切者はたとえ肉親でも容赦しない」

「マルが裏切者だって?」

「カサン人の先生になついてカサン人行くエリート校に行った。あいつはもはやアマン人の面の皮をかぶったカサンの猪野郎だ」

「あんな猪がいるかよ。あいつの心はカサン人になりゃしねえよ」

「いや、分らん。もしいつか会った時にあいつがカサンに染まってると分かったら、あいつを八つ裂きにして殺してやる」

「物騒な事言うなよ」

 オムーはいきなりナティの手から新聞をひったくると、ビリビリーッと大きく引き裂いた。新聞だったものはたちまちバラバラな紙片となり土を踏みしめた床に散らばる。

「カサン帝国の犬め!」

 ナティはわざと相手に効かせるように大きく溜息をついた。

「それだって金払って買ったもんだぜ。明日の天気だのどこかの村で強盗事件があっただのいろいろ役立つ事も書いてあるのに」

「いいか! 俺達のやろうとしてる事は革命だ! この国の上の連中は汚い。信用ならん。実際に前の国王はピッポニアの操り人形。新しく即位した王はカサンの犬。この国の王や貴族を手なずけ、利用して我々下々の人間から吸血鬼のように血を吸い取り、ぶくぶくに肥え太ってやがる。それがカサンやピッポニアのやり方だ。この国の王や貴族や金持ち連中はカサンやピッポニアにすり寄り、我々の吸い取られた血のおこぼれにあずかっている。我々の使命は人間の顔をした吸血鬼連中の口を一つ一つ焼き切ってやる事だ」

 オムーは細かく裂いた新聞紙を地面に埋め込むかのように踏みしめた。長く伸び、毛先が針のように尖った前髪の奥の目が鋭い光を放っている。

「じゃあシャク・ジーカの奴らはどうなんだ。やつらのバックにはピッポニアがついてるぜ? ニジャイやシャク・ジーカの連中をとっちめに行かねえのかよ」

「敵の敵は利用する。それだけの事だ。連中はカサンの敵。連中には金がある。奴らが張り切ればカサンはダメージを受ける。だがな、はっきり言っておく。俺はあの連中を信じちゃいねえ。これっぽっちもな」

「何もかもマルとは正反対だな。兄弟なのに」

 ナティは呟くように言った。返事は無かった。マルの声は柔らかいがオムーの声は鋭い。マルと一緒だと朗らかな気分になるのに、オムーと一緒にいると度々冷たい水を浴びたようにゾクッとさせられる。オムーの言葉は断定的で命令口調で強引だ。

(なんでだろうな。命令される事が大嫌いな俺が、こんなにオムーの言葉に従わされてる。マルは絶対こんな口の利き方はしなかった。それが時には物足りなくも感じたんだ、あの頃はな……。もっと怒ってみろ、何か俺に命じてみろって、マルに対しては思ってた……あの頃の埋め合わせみたいに、俺はこの男の言うがままになってる……)

 情けない、と思う。男と体を重ねるという、一番やりたくない事も、彼に強要され、従っている。仲間はみんなナティのことをオムーの愛人だと思っている。

(そうじゃねえんだ)

 心の中で固く思ってみても、周りからはそうにしか見えないだろう。

「アジトの連中はみな女に飢えている。俺が守ってやらなければお前は毎晩違う男に抱かれてもおかしくない」

 とオムーは言う。ばかばかしい、自分の身くらい自分で守れる、と思う。とはいえ他の男に言い寄られずにすむことは気楽でもあった。かつて仲間のうちの一人が「ナティ、お前の腰のくびれは最高だな」と言ったのを聞きつけたオムーは、その場でその男に詰め寄り、首を捩じり上げたかと思うと石のような拳骨で男の顔面を散々叩きのめした。顎が外れ鼻が潰れる程の大怪我を負った男は、その後、去勢されたようにおとなしくなり冗談一つ言わなくなった。以来アジトの仲間のうちの誰一人、ナティに軽口をたたいたりその体を凝視する事は無くなった。

(俺はな、今の俺の状態に満足してるわけじゃねえ。嫌な事を我慢しながら誰かに守られるなんて、でえっ嫌いだ。俺はな、お前と一緒にいるときの俺が一番好きなんだよ、マル……)

 ナティはそんな事を思いながら水たばこの竹筒を持ち上げた。水たばこは、かつての級友カッシが吸っていたのを自分も真似して始めた。イライラが募った時はそれを吸って気持ちを静めるのだ。

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