第65話 あの人が暮らす街 8

「そうだ、あんたにもう一度会う事が出来たらあげたいと思ってたものがあるんだよ」

 おばあさんはそう言ってクルリと向きを変えると、ランプの明かりも届かない暗い部屋の隅に置かれた行李を開いた。その中から、ほの暗い明かりの中でもはっきりとわかる程の白く輝く物を取り出した。鳥娘の羽を集めて作った織物である事は一目瞭然だった。

「すごい……鳥娘の羽ってこんなに光るんですね。知りませんでした」

「これは特別たくさんの羽が使われてるからね。これをあんたにあげようと思ってとっておいたんだ」

「そんな! こんな立派なものを」

「あんたが着物を選ぶんじゃない。着物があんたを選ぶんだよ。あんたが着ずに誰が着るっていうんだい? 歌物語を皆の前でする時の晴れ着にぴったりじゃないか」

「皆の前で歌物語を披露する機会なんて、もうそんなに無いんです」

「この着物が機会を作ってくれるさ」

「でも、私は貧しくて、こういう伝統的な着物で正装をする事も無かったので、どうやって着たらいいのか分からないんです」

「やれやれ、よくもまあ次から次へとあたしから贈り物を受け取らない理由を並べてくれるもんだねえ」

 だんだんおばあさんの機嫌が悪くなってきた。

「分かりました。では、今は暗いので、明日、夜が明けたら着てみようと思います。その方が、この着物が本当におらを選んでくれるか分かりませんが」

 マルはついに根負けして返事した。

 明かりの火が消され、横になったものの、マルは寝付くことが出来なかった。マルの隣で寝ていた一番小さな坊やは、寝返りを打つ度にマルにぶつかった。そして、マルの頭にはずっとタガタイの街を一人歩き続けるヒサリ先生の姿があった。

「ヒサリ先生、今、あなたは一体どこに……」

 同時に、赤ん坊の姿をした妖怪がキキキキ……と高らかに笑い声を立てながら空を飛び回る幻影が浮かんだ。あれはこの世に生まれ出る事がかなわなかった胎児の霊だ。マルは頭を掻きむしった。

(ごめんなさい、ごめんなさい……おらが知らず知らずのうちに呪いをかけたせいで君はこの世に生まれる事が出来なかったんだ……)

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