第55話 お金を稼ぐ 8

 その日からマルは、学校の授業を終えると急いでこの店を訪れ、呼び込みをし、ショーが始まると、衣装を着て体に詰め物をし、顔を黒く塗って舞台に上がる、という生活を続けた。しばらくするうちに、なじみの常連客も増えてきた。

「君、外国人だろう? カサン語がうまいねえ」

「君はいつ見てもニコニコしてるねえ」

 呼び込みをするマルに対しそんな軽口を叩く客の誰一人として、彼と舞台上で珍妙な演技をしている「土人」が同一人物だと気付く人はいなかった。

 ショーが終わると、差し入れのお菓子を食べながらモン・トクやダンサーや芸人達の話を聞いた。ダンサーや芸人達は誰もがよく喋った。その様子はまるでジャングルのけたたましい鳥の鳴き声のようだった。大概は身の上話だった。

「朝から晩まで親父に殴られっぱなし。それも普通に殴るんじゃない。拳骨の人差し指と中指の間に親指を立てて、ガチーン! って。痛いったらありゃしない! 目から火花が散って倒れるでしょ。でものんびり倒れてるわけにいかない。その次には酒瓶や杖や、靴や、挙句の果てには椅子にテーブル、この世のありとあらゆる物が飛んで来るからさあ……!!」

 ダンサー達の人生もまた、ショーと同様驚くべきものだった。あっけにとられて聞き入るマルの隣にはモン・トクが座り、しばらく黙って煙草を吸っていたが、やがてマルに囁いた。

「驚いてるみたいだね。ここの芸人達は、貧しい家の出の者がほとんどだからね」

「貧しいからって暴力を振るうとは限らないと思いますね。逆だってあると思いますよ。聞いた話によると、王様が自分の息子を殺そうとしたりすることも……」

 マルはシンの事を言いかけてあわてて言葉を飲み込んだ。

「私が通っていたタガタイ第一高等学校でも、教官が生徒に暴力を振るっていましたからね。それはカサンの伝統の『鍛冶屋型教育法』だと思ってました」

「鍛冶屋型教育法?」

「叩けば叩く程叩かれた者は強くなる、という」

「誰がそんな事言ったんだい? いやはや、暴力なんてとんでもない。君の故郷ではどうだい?」

「無くはないですが、あまり聞きません。だいたいアジェンナの男はひ弱で、女の尻に敷かれっぱなしですね。子どもに手を上げる父親は女房に叩きのめされますよ」

「そうかい……。それを聞くと、案外君達の文化の方が進んでいるようにも思えてくるよ。これはカサンの病だね。力を誇示する事に取りつかれている……こういう事は君にだから話せるよ。カサン人同士では、もうこんな話をするのも難しい状況さ。正直、ここの仲間にも出来ない。みんなカサンの病に怯えて育ってきているくせに、それを指摘されると猛烈に怒るんだ。まあ、今度ゆっくり話をしようじゃないか」

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