第54話 お金を稼ぐ 7

 マルは、下宿にたどり着くと、さっそくトアン大学生のモン・トクから受け取った台本を読み出した。内容は楽しいが、いくつか不可解な部分があった。自分が演じる予定の「アジェンナ人の給仕ジャルジャル」が、実に珍妙なカサン語を喋るのである。マルは翌日、さっそくモン・トクに自分の感じた疑問をぶつけた。

「あのう、どうしてジャルジャルという人物はいつも言葉のしまいに『アルヨ』って言うんですか?」

「ああ、それはつまり、ジャルジャルはアジェンナ訛りのカサン語を喋ってるんだよ」

 そう言われても、マルは釈然としなかった。「アジェンナ訛り」などと言っても、アジェンナには北部のアジュ語と南部のアマン語の他に、たくさんの少数民族の言葉がある。シャク系の人々の中にはシャク語を話す人もある。いずれにせよ、こんな変てこなカサン語を話すアジェンナの人など見た事がない。それから「ジャルジャル」という名前は、ベルベロン人に多い名前だ。ベルベロンもアジェンナ同様、カサン帝国の植民地なので、混同しているのだろう。しかしマルはモン・トクを傷付けまいとして言った。

「つまり、カサン語が下手なアジェンナ人、という風にやればいいんですね?」

「まあ、そういう事だ」

 そう言った後、モン・トクはちょっときまり悪そうな表情を浮かべた。座長がやって来ると、煙草を指で挟んだ手を腰に当て、マルの顔をまじまじと見つめ、こう言った。

「そういえば、あんたの顔はあんまりアジェンナ人っぽくないねえ。アジェンナ人にしちゃ色が白いじゃないか」

「アジェンナは多民族の国ですから、いろんな顔の人がいるんです。首都のタガタイ周辺の人は色黒ですが、南部ではもっと明るい肌の色の人が多いです。私よりもっと色白の人もいますし……」

 座長は煙草を振って灰を床に落としつつマルの言葉を遮った。

「とにかくアジェンナ人っぽく見えるように顔をドーランで黒く塗っておくれ。おっと、その前に衣装合わせをしなくちゃね。なにしろあんた体が小さいし……」

 座長に案内された小部屋の隅には派手な舞台衣装がたくさん吊るされていた。マルに渡されたキラキラの飾りの付いた衣装は、アジェンナ北部の高級役人や地主といった階級の人々が身に着けている物を模したものと思われた。勿論マルはこんな服装はした事が無い。衣装を身に着けた姿はいくらか道化じみて見えた。

「これもかぶってごらん」

 座長から鬘を受け取ったとたん、マルは思わず吹き出していた。

「どうして笑うんだい? お前さんもここに来る前はこんな風に髷を結ってたんじゃないのかい?」

「いいえ! そもそもこういう髪型をするのは上流階級の人達で、私は……」

「まあ、つべこべ言わず着てごらんよ」

 座長にせかされて衣装を身に着け、鬘を付けた。その姿を見て、座長とモン・トクはお腹を抱えて笑い出した。

「アジェンナの格好をしたら似合うと思ったら、どうしてこんなにおかしいんだろう!」

(だから自分はこんな格好してないんだってば!)

 心で思っても、笑い転げる二人に向かってそれ以上言う事が出来なかった。恐らく二人はあまりアジェンナについて知らない。二人だけじゃなくほとんどのカサン人がそうだ。その事が少し残念に感じられた。もしカサン人の誰かがアジェンナに興味を持ちいろいろ尋ねてきたら、いくらでも教えてあげるのに……。

 戸惑いながら、他の芸人達と一緒に舞台に立った。自分の演じるのは、珍妙な格好に喋り方をするアジェンナの「土人」なのだ……。

 やがてマルは、今自分のやっている出し物が幼い頃ロロおじさんの見世物小屋でチコとユッコという二人組の芸人がやっていたドタバタコメディーショーによく似ているのに気付いた。あのショーでは、村長や役人といった「金持ちのお偉方」が散々茶化され、貧しい観客に鬱憤晴らしになっていた。マルの今の扮装は、まさにあのコメディーショーの「金持ちのお偉方」のものにそっくりだった。

(そうか! ユッコがやってたみたいに、大げさに滑稽にやればいいんだな!)

 そう思うと俄然、楽しくなってきた。

「踊りの方はからっきしだけど、こっちの方はなかなか飲み込みがいいねえ。今夜からでも、お客さんの前で出来るよ」

 座長は目を細め、ニンマリとマルを見て言った。

 夜になり、観客でいっぱいになった席を舞台袖からチラリと覗き見て、マルは確信した。ああ、まさに幼い時、ロロおじさんの見世物小屋で見たのと同じ空気に満ちている! ここに来ているのは貧しい人達! 激しい労働の疲れを吹き飛ばし、明日への活力を得るためにここに来た人達だ! マルはたくさんの詰め物でパンパンにした体をのしのしと振って歩き、キイキイと奇天烈な声を発して故郷の「鼻持ちならないお偉方」連中を演じた。客席からドッと笑いが沸く度に、マルの心は満足感に満たされた。

 ショーを終えたマルを、座長はニコニコしながらマルの肩を叩いた。

「エリートのお坊ちゃんだと思ってたら、なかなかやるじゃないか。大した度胸だよ」

 座長から受け取った給料袋には、前の日よりもさらに多くのお金が入っていた。

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