第52話 お金を稼ぐ 5
座長が「誰でも出来る」と言い、マルにも単純に見えたダンスは、やってみるととてつもなく難しかった。他の先輩ダンサーの動きを真似て動いてみるものの、たちどころに手足が自分のものでないかのような錯覚に陥る。
「ハイ、そこで腰を回しながら回る! そんなちょこまかした動きじゃなくて、大きくゆったり! そこで静止。見得を切る! ああ、なんていう顔だい? そんなしかめ面しないで、にっこり笑うんだ。あんた、いつもにこにこしてるくせに踊る時は小鬼みたいな顔してるね!」
言われた通り腰を回しながらぐるっと回転しかけたとたん目が回り、床に尻もちをついてしまった。座長とダンサーはゲラゲラ笑い転げた。
「やれやれ、あんたみたいなぶきっちょな子、見た事が無いよ!」
マルの目から、情けなさの余り涙がこぼれた。
「他の子なら一日で出来る事が、あんたは一月もかかっちまう! でもあんたはすぐ金を稼ぎたいんだろう?」
「はい……」
「一生懸命やってるから何とかしてやりたいけどさ。あんたぼうっとしてるから雑用も出来ないだろうねえ」
「はあ……」
「とりあえず、店の前で客寄せでもやってみるかい? 店の前で呼び込みの口上を言うんだよ」
「ハイ、やってみます!」
客寄せならロロおじさんがやっていたのを見ているから出来そうだ。
「『ハイ、やってみます!』なんて張り切ってるけど、ここでやってるのはストリップダンスショーとお色気コメディーショーだよ。それを外で通る人に向かって言うんだよ。小屋の中で裸になるより恥ずかしいよ。トアン大学の学生さんが。大丈夫かい?」
「大丈夫です!」
「フッフッフ……あんた不思議な子だねえ……あまりにも純粋なもんだから、汚いものまできれいに見えるのかねえ」
座長は椅子に腰かけ、紙煙草に火を点けた。
「男が裸になる見世物なんて、あんたの国にはあるかい?」
「それは分かりません。私は見た事も聞いた事もありません」
「カサン人ってのは何て野蛮なんだって思っただろうね」
「正直、戸惑いましたけれど、とても興味深いと思いました。カサンについてまだまだ知らない事があるんだなと思うと、もっともっと知りたくなります」
「いいかい。これがカサンの隠れた裏の顔だよ。決しておおっぴらになる事の無い裏の顔。カサンってのは、表向きは格式張ってて力強さや規律ってのが大好きさ。だけど裏に回ってみると、大きな影を持ってるのさ。こういう所で働いたら、あんたのようなエリート大学生の一生の汚点だよ」
「そんな事ありません。私、エリートなんかじゃありません。それに、カサンの魂の奥深さに触れたようでますます惹かれます」
「カサンの魂だって!?」
女座長はおかしがって、煙草を口から離し、ゲホゲホとせき込んだ。
マルはかつてチラリとかいま見た、しどけない様子で横たわっているヒサリ先生の姿や、あの生真面目なタク・チセンがはめを外して恋人と抱き合っている姿を思い浮かべた。自分が理想とする真面目なカサン人にも、裏の顔がある。
「何を嬉しそうにニコニコしてるんだい? まああんたがそんなにやりたいんならこっちとしては助かるよ。まずは呼び込みの口上の文句を教えるよ。さっそく表でやってみるといい」
マルは口上を教えてもらうと、さっそく店の前に前に立って唱え始めた。かつてロロおじさんが見世物小屋の前でやっていたように、節を付けて、たのしげに。すると通りを行く者は皆あっけにとられ、立ち止まり、マルの方を振り返って見た。
「おいおい、あんた外国人だろう。そんないい声でストリップショーだのお色気コメディーだのと言ってるけど、意味は分かってんのかい?」
「ええ、分かってますよ! 浮世の悩みもひと時忘れる男達の肉体の饗宴。ぜひご堪能あれ~!」
「いやはや、純朴な顔して、言う事は大胆だねえ」
「マルは散々茶化されっぱなしだった。そして何人かは小屋の中に入って行く。途中で座長が姿を現して言った。
「呼び込みの方はまあ悪くないね。あんた声がいいし、節回しも上手だ。トアン大学の学生はやっぱりどこか秀でた所があるね。あそこはコネや家柄だけじゃ入れない。本物のエリートが集まってるからね。ここにはね、奇妙なことに、あんたみないなインテリがたまに働かせてほしいって来るんだよ。うちにはもう一人、トアン大学の学生が来てるよ。裸にゃならないがね。座付き作家兼太鼓叩きをやってる。あんたとは違って、何でもそつなくこなす器用な子さ」
「そうなんですか!」
「トアン大学の学生ならよそでいくらでも働き口があるだろうって言ったんだけど、いいやここでいいって言うんだ。何やら難しい話をしてね……お仲間じゃないのかい?」
「いいえ! その人事は全然知りません」
「彼の言うことにゃ、こんな場末の芝居小屋にこそ、真の民衆文化と革命がある、とか何とか。そな事言われてもあたしにゃちんぷんかんぷんだけど。あたしはただ両親のやってた小屋を受け継いだだけだからさ」
「革命」、という言葉を聞いて、マルはゴクリと唾を飲み込んだ。「革命家」。それはこの世で最も忌むべき存在だとヒサリ先生から聞かされてきた。暴力を用いてこの世の秩序をひっくり返しすべてむちゃくちゃにする存在だと。しかし一方で、タガタイ第一高等学校でシンが言っていた言葉も心に刻まれている。上下関係の厳しい学校生活の中で、下級生と仲良くする事が一種の「革命」なのだと……。
(革命を愛する人だからって危険な人だと決めつける事はない。まずは会って、話をしてみなくちゃ……)
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