第33話 恋 14

「ラン……! どうしてここに? 君はこの学校の生徒じゃないよね?」

「あーら! 他の学校の生徒がトアン大学の敷地に入っちゃいけないなんて決まりは無いわよ。何よ。俺様は名門トアン帝国大学の学生だぞっていい気になって。えらそうに!」

 ランはチロチロと視線を動かし、マルの頭から足まで眺め回した。マルはすくみ上がったまま何も言えず、ただ体をこわばらせていた。

「あんた、これまで何人の女をそんな風に口説いてきたのよ」

「そんな事してない!」

 本当は「とっととどこかに行ってくれ!」と叫びたかった。

「あーら、でもヒサリ姉さんには随分たくさん詩を書いて送ったみたいじゃないの」

「それは先生だから! 文法の誤りを直してもらうために!」

「私、どうもお邪魔みたいね。それじゃあここで……」

 ハミがそう言って立ち上がった。

「ああ! ちょ、ちょっと待って! ハミさん……!」

 追いかけようとするマルの前を、ランが立ちふさがった。

「ラン……! 一体何の真似だい!?」

 怒りで体がブルブル震える。

「あーら、あんたも怒る事あるのね。いつも笑ってばかりで怒り方を知らないのかと思ってたけど!」

 ランはおかしそうにマルの表情を見返している。

「留学して勉強に励んでると思ったら女の子とイチャイチャしてるだなんて、姉さんが知ったらどう思うかしら~!」

「イチャイチャだって!? 彼女は詩についてすごく詳しいんだ。だから色々教えてもらおうと思ってるだけ!」

「いくらそんな風に格好付けたって男の心の中はスケベ心でいっぱいなんだから。分かってんのよ! ヒサリ姉さんにもね! フフフ……あたし、忘れないわよ。あんたが昔、あのボロ教室のオルガンにしがみついてた時の事! あんたはそんな風にして、姉さんに抱き着く事考えてたのよ!」

 マルは怒りと恥ずかしさの余り、小刻みに震えながら両手を握りしめた。何という記憶力! 頭の良さだけはヒサリ先生に似ているらしい。

「姉さんに、あんたが勉強そっちのけであの子とデレデレしてるって事教えてあげようかしら~」

 マルは歯ぎしりした。どうしたら彼女を黙らせる事が出来るのだろう?

「嫌なの? だったらあたしの言う事聞きなさい」

「それは内容によるね。一体何をして欲しいんだい?」

「ちょっと一緒について来て」

「どこへ?」

「相変わらず生意気ね。いちいち詮索しないで黙ってついて来たらいいのよ」

 そう言うなり勝手にずんずん歩いて行く。マルは頭を抱えた。全くなんていう事だ! 今まで数えきれない程の物語を読んできた。その中には悪女もたくさん出て来た。けれどもこういう困った女性が実際自分の目の前に現れた時どう振舞っていいのか、マルにはさっぱり分からないのだ。

「君は人をそんなに困らせて楽しいの?」

「あーら、困らせるだなんて人聞きが悪い! あたしはあんたがここでちゃんと勉強してるかどうかを確かめに来たのよ」

(全く、自分はどうなんだ……!?)

 マルは心の中で悪態をついた。ランの派手な服装から、とても真面目に勉強しているようには見えない。勉強そっちのけで遊び回っているのだろう。

「何そんなしかめ面してんのよ? あー面白い! あんたってすぐ気持ちが顔に出るのね。顔のイボが昔から無ければ、あんたの下心はとっくに姉さんにバレバレだったでしょうね。フフフフ……そんな顔しないでよ。あたし、あんたに聞きたい事があるだけよ」

 マルは怒りを通り越し、一体この人は何を企んでいるんだろう、と不気味に思った。

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