第31話 恋 12
マルは一人になると、一気にクワラ・ハミのための詩を書き上げた。
しかし、酔いが醒めた頃になって、ふとこんな思いに襲われた。
「あんなにみんなから詩を笑われたのに、ハミさんはおらの詩を喜んでくれるだろうか?」
首のあたりにじっとりまとわりついていた酒の妖怪はいつの間にか去っていた。いきなり、体の内側からせり上がるような寒気に襲われた。胸の中にぽっかりと洞穴が空いた気分だった。洞穴の中は恐ろしい程の静寂。こういう時、マルはいつでもヒサリ先生に宛てた手紙の筆を走らせていた。しかし今、マルはどういうわけか、好きな人が出来た事をヒサリ先生に知らせる気にはなれなかった。代りにマルの頭に浮かんだのは、タガタイ第一高等学校時代の優等生のクラスメイト、タク・チセンだった。
(そういえば、彼には恋人はいるのかな? いや、いないだろうな……)
マルは、生真面目で堅物で、まるで修行僧のような雰囲気の元同級生の姿を思い浮かべた。マルはさっそくタク・チセンに手紙を書いた。自分の詩が学生達から散々な評価を受けた事を書いた。クワラ・ハミの事を書こうとしてふと手が止まった。
(こんな事書いたら呆れられちゃうかもな。トアンに勉強しに来たはずなのに、恋愛なんかにうつつ抜かしてるのかって!)
マルは悩んだ末に、手紙ではクワラ・ハミには一切触れず、「君は結婚についてどんな風に考えてる?」とだけ書いた。書いているうちに、次々とタク・チセンに尋ねたい事が浮かんだ。その一つが、昨日のニャイム村出の出稼ぎの男の事だった。彼は確かにこう言ったのだ。「カサン帝国の支配下で生活が苦しくなった」と。それは衝撃的な告白だった。マルは混乱していた。それは本当だろうか? 誰かに伝えたい。けれどもその相手はヒサリ先生ではない。タク・チセンこそが適切な相手だった。
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