第28話 恋 9
次に、これまでずっと場を仕切ってきた背の高い青年が詩を披露する番になった。マルは、ずっとこの場のリーダーのような振る舞い、他の人の詩に手厳しい批評を加えてきた彼が一体どんな詩を作るのだろう? と期待を込めて彼の顔を見た。
彼の詩は「トアンに春が訪れた」、という、伝統四行詩によくあるテーマを詠んでいる。マルはあまり気に入らなかったが、周りが次々と彼の詩を褒め称えるので、マルは自分の理解が足りないのだろう、と思いつつ、じっと皆の意見に耳を傾けていた。クワラ・ハミがまたあの静かな口調で詩のテーマを褒めつつも一つの詩の中に花と塔という題材を詠みこんでいるため焦点がぼやけて曖昧な印象になっている、と言った時、マルは
(全くその通りだ!)
と思った。すると青年は高い背をさらに伸びあがらせ、まくしたてた。
「君はカサン四行詩に対する理解が全く足りてないね! 花と塔というのは四行詩における伝統的な組み合わせなんだよ!」
ハミは黙ったまま俯いた。一瞬、白けた雰囲気がその場を覆った。
「さあ、これで全員終わったかな」
「ここ、つまんなーい! もうあくびが出ちゃう! 早く帰りましょうよ!」
背中のスヴァリの声がはっきり聞こえてきた。マルは慌ててスヴァリの側面をよしよしと撫でた。
「待って! この留学生さんがまだよ!」
ハク・ミラがまっすぐマルに向けて指先を突き出した。
「ああ、でも君は留学生だし初めてだし、無理をする事は無いよ」
背の高い青年が言った。
「いえ、あの、今頭の中に詩が浮かびました!」
マルはすかさず、たった今頭に浮かんだ詩を口ずさんだ。それは、トアンの小さな部屋でただ一人過ごす夜、明かりのもとに集まって来る妖怪達についての詩だった。読み上げた後、マルは素早くクワラ・ハミの方を見た。妖怪の詩で彼女がどんな反応を見せるか知りたかった。怒るかな? 笑うかな? それとも……。ハミは俯いたまま黙っていた。マルが詩を披露し終えて席についた時、周りの皆の困惑がはっきりと伝わってきた。
「へえ、おもしろーい! 妖怪ですって!」
最初に声を上げたのはハク・ミラ。背の高い青年は、フーッと大きくため息をついて言った。
「まあ、君は外国人だから仕方が無いけれどもカサン伝統四行詩というのは単に四つのセンテンスに韻を踏めばいいってもんじゃない。妖怪なんてのは全く詩のテーマとしてふさわしくない。もっとたくさん詩の本を読んで勉強したまえ」
(そうか。やっぱりダメか)
今までたくさんカサン伝統四行詩を読んできたけれども、自分がたった今披露した詩に似たような物は確かにあまり見た事が無い。それでも自分は子どもの頃から、思いつく自由気ままな内容で詩を書いてヒサリ先生に見せてきた。ヒサリ先生はとても厳しかったけど、不思議な事に、マルがどんな内容で詩や作文を書いても決してダメと言わなかった。だからこれまで散々好き勝手に書いてきた。こんな自分の詩が変に思われるのは無理も無い……。
その後、一人一人意見を言ったが、誰一人マルの詩を褒めなかった。かといって悪いとはっきり指摘するわけでもなく、どこか歯切れ悪く言葉を濁すのだった。その間も背中のスヴァリがしきりに
「帰りたい! もうここ嫌!」
とぐずっている。すっかり退屈し切っているのだ。
(ハミさんは? ハミさんは何て言うだろう?)
マルは息を詰めてハミの顔を見詰めていた。しかしハミは相変わらず俯いたまま、マルの方を見る事も無く黙っていた。
(いやはや、厳しいもんだな。文学の愛好者達の集まりでは、やっぱり要求されるレベルが高い)
マルは、厳しくてもいい、何か一言、ハミの感想を聞く事が出来たら良かったのに、と落胆した。
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