第4話 故郷に向かう列車 4

 次に停まった駅では、籠いっぱいに果物や魚の干物などを入れた子供が列車の窓に向かって

「採れたてだよ! 新鮮だよ!」

「旦那! 安くしとくよ!」

などと言いながら群がり大混雑だ。マルはかつての自分のようにぼろをまとい、くしゃくしゃの髪の幼い少年から赤い果物を買っておばあさんと分け合って食べた。

「おやおや! なんて皮の剥き方してるんだい!」

「これ、食べた事も見た事も無いんです」

「かしてごらん。あたしが剥いてあげる。これはお尻の方から剥くんだよ」

「ありがとうございます。おばあさんが一緒で助かります」

 マルは手際良く果物を剥くおばあさんの手を見ながら、その手がひときわ大きく節くれだっているのに気が付いた。

「いやだねえ、そんな風に見て。恥ずかしいったら! 皺だらけで汚い手だろう?」

「いいえ。素敵な手だと思います。ところでおばあさんは何の仕事をしてるんですか?」

「いい事に気付いたね。あたしゃ機織りさ。この手は機織りの手さ!」

「ああ、そうなんですね!」

「それもただの機織りじゃないよ」

 おばあさんはそう言うなり急に声を潜めた。

「あんた、人が良さそうだからこそっと教えるけどね、鳥娘の羽を集めて織ってるんだよ。あたしゃ妖人さ。本当は二等席なんかに乗っちゃいけない穢れた妖人さ」

「そうなんですか! 実は私も妖人なんです!」

「バカ言っちゃいけないよ。こんな立派な学校の生徒さんが妖人なんてことあるかい。……それでね、まあお聞きよ。鳥女達が真夜中に川辺に水浴にやって来る。とはいってもタガタイの街中にはさすがに来ない。街の外れの方だよ。鳥娘ってのはうら若い乙女の姿と心をを持ってるから、たくさんの人が集まる所には恥ずかしがって来ないのさ。羽を集めに行くのは決まって夜明け前だ。陽にさらされるとあっという間に羽の鮮度が落ちるからね。羽がまだきれいなうちに、特別な油に漬けておくのさ。羽を拾う場所にも機織り達の縄張りがあってね、ちょっとでも自分の縄張りに鳥娘を呼ぼうとみんな必死だったよ。鳥娘の好物のはちみつを置いてみたりね。あとね、フフフフ、面白いんだよ。鳥娘は男好きだから、機織りの家に生まれた顔立ちのいい男の子はみんな災難だったよ。鳥娘寄せのために真夜中に川辺に素っ裸で立たされてひいひい泣いたりして、でもそんな子も数年後にはいっぱしの色男になって、鳥娘を誘ってダンスをしたりするようになるんだよ。ほら、ダンスをすれば羽がよく落ちるから。だから男はみんな機織りの腕よりダンスの方が上達するときてる。フッフッフ」

 マルはおばあさんの話があまりに面白く、無我夢中で聞き入った。

「歌でおびき寄せる事もあったよ。声の良い物乞いを雇ってね」

「そうですか!? おらの歌でも鳥娘達をおびき寄せられるかなあ」

 マルはそう言うと、鳥娘スラナリーと人間の恋を描いた歌物語を口ずさみ始めた。マルが母さんや兄さんと物乞いをしていた時のレパートリーの一つだ。大変人気があり、これをやるとたくさんの施しもの物をもらえたものだ。

「おい、そこの若いの! もっと大きい声で歌ってくれやぁ」

 前方の席の男がマルの方を振り返って言った。どうやら酒に酔っているらしい。

「そうだそうだ!」

 別の男からも声がかかる。

「はい! 分かりました!」

 マルは声を張って歌った。鳥娘の歌物語が一区切りついたところで、誰かが不機嫌そうに言うのが聞こえた。

「おいおい、どうしていやしい物乞いふぜいが二等車両に乗ってるんだ? つまみ出せ!」

「いやいや、彼は物乞いじゃないぞ! 歌がうまい学生じゃないか!」

「そうだそうだ!」

「歌わせてやれ!」

 長旅で退屈し切っている客達は、いっせいに無粋な事を言う客を攻め立てた。

「不快に思われた方は御免なさい。でも神聖ななカサン帝国に卑しい物乞いなどいないという事ですから!」

 マルはそう言ってさらに歌物語の続きを歌った。やがて乗客達は体を揺らし、マルの歌に合わせて手を叩いたりし始めた。マル自身、車窓に目まぐるしく変わる風景を目にしつつ大勢の客の手拍子を受けて歌うのは何とも心地良かった。

 やがて、列車は長い長い橋にさしかかった。どうやら北部と南部を結ぶ有名なティヤン橋だ。この橋を渡り切った先が南部である。マルの故郷が近付いて来る。


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