第3話 故郷に向かう列車 3
マルが木の窓枠に肘を付いて物思いにふけっていると、シンがいきなり列車の窓から身を身を乗り出し、大声で言った。
「ハニ~~!! あなた、三等車に乗るつもり!? あーんなむさ苦しい所、乗っちゃいけませんよ!」
シンが呼びかける先に、三等車両の入り口めがけて殺到する人々を前に、おろおろと立ち尽くしている一人の小柄なおばあさんがいた。シンは列車の窓から身を乗り出しておばあさんを手招きした。おばあさんが差し伸べられた黒く長い腕に引き寄せられるようにヨタヨタとやって来ると、シンはおばあさんの体をひょいっと抱き上げ、窓から中に抱え入れた。そして自分がさっきまで座っていびきをかいていた座席にストンと座らせた。
「まあまあ、お猿さんみたいな顔だけど親切な坊ちゃん! ここは二等車だろう? あたしゃ三等の切符しか持ってないんだよ」
「三等だなんて!!! あんな男がぎゅうぎゅう詰めの汚い所、レディが乗るもんじゃありませんよ!」
シンはそう言っておばあさんの手に二等の切符を握らせた。
「マレン! 俺は特等席に行くからな! レディの話し相手役はしょうがねえお前に譲ってやる!」
シンはそう言うなり器用に列車の窓から屋根の上によじ登った。
(特等席! 気持ち良さそうだなあ……でもみんな落ちてしまわないのかな? まあ、シンなら大丈夫だろうけど!)
そんな事を考えていると、隣の席の「レディ」がさっそくマルに話しかけてきた。
「いやはや、助かったよ! アロンガに孫がいてね、しばらく前から病気だっていうから行ってやるんだが、あんなに人がぎゅうぎゅう詰めじゃアロンがに着く前にぺしゃんこになってこのおいぼれの骨の二本や三本折れちまうと覚悟してたよ」
「アロンガ!? 私もアロンガに行くんです!」
「おやおや、あんたアロンガの子かい?」
「アロンガの先のスンバ村の出です」
「あれまあ、そんな田舎の子かい!? 立派な服を着てなさるから、都会のお坊ちゃんかと思ったよ!」
マルは吹き出しそうになった。一体どこまで自分を欺く服だろう!?
「お孫さんの病気は重いのですか?」
「手紙に様子を書いてきたんだけど、体を動かすのもおっくうで寝てばかりだっていうんだよ。何かたちの悪い妖怪に取りつかれたかねえ」
「私の故郷の知り合いに、よく病気を治す薬を知っている者がいるんです。よかったらお孫さんの家に寄らせてもらえませんか? お孫さんの様子を聞いて、いい薬が無いか彼に聞いてみます」
「そうかい。そりゃあ、ありがたいね」
おばあさんは次から次へと喋った。その言葉はアジュ語だった。南部の出のマルの母語はアマン語だ。マルはシンや同室だった後輩コイ・タイに教わってアジュ語がだいぶ分かるようになっていたとはいえ、口の周りの皺が伸び縮みする度に次から次へと繰り出される話の全ては分からなかった。時折首をかしげるマルの様子にお構い無でおばあさんは話続ける。とにかく話がしたくてたまらないのだろう。アジュ語が時折分からなくとも、おばあさんの身振り手振りを含んだ話はマルにはだいたい理解出来た。そしておばさんの話すタガタイの下町の暮らしぶりに、マルはいつしか夢中になって耳を傾けていた。
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