第2話 故郷に向かう列車 2

 マルは、窓際の席で眠っているシンの向こうに広がるタガタイの町をじっと見つめた。視線の向こうのどこかに、ヒサリ先生の住むアパートがある。住所はヒサリ先生からの手紙に書いてある。さっそく地図を買って確かめてみよう。

(ヒサリ先生はまだ寝ているのかな。ヒサリ先生、どうかお元気で! さよううならは言いません。私の心は、ずっとヒサリ先生と一緒です)

 マルは卒業式の日に先生から渡された手紙を胸に抱いた。タガタイ第一高等学校在学中に送られてきた素っ気ない手紙とは違全く違い、温かい心遣いに溢れ、一度に読むのはもったいない程だった。高等学校在学中、ヒサリ先生は自分が里心を起こさず勉学に集中出来るよう、わざと無味乾燥な手紙を送ってきたのだろうと、今なら理解出来るのだった。

 やがて、町の中心部から離れ、背の高いレンガ造りの建物が無くなり木の板の壁やトタン屋根を持つ家が立ち並ぶ区域に入って行く。日もすっかり上り、アジェンナの太陽が家々の屋根や壁を美しく輝かせていた。

 四年前は箱馬車に荒々しく載せられ、家畜か何かのように故郷スンバ村から首都タガタイに連れて来られたのだ。その時は目にする事が出来なかったタガタイ近郊の風景をこの目に焼き付けておきたかった。こんな風に思うと眠気も去り、マルはむさぼるように車窓の次から次へと変わってゆく光景に見とれていた。

 次に停まった駅は、タガタイの駅に比べてはるかに小さかった。タガタイの駅はレンガ造りの堂々たる立派な建物だったが、この駅は木造である。乗客が乗り降りを始めると、いびきをかいていたシンがぱっと目を覚まし、窓ガラスに手を付き、まるで宝探しでもするかのように、駅に溢れる人々にキョロキョロ視線を配り始めた。頭にたっぷり果物を入れた大きな籠を載せた女性や、竹の大きな籠に鶏を入れて担いだ女性達の逞しい腕や腰にマルもまた目を奪われて貪るように見入っていた。

やがて、マルも驚くべき事に気付いた。三等車両への乗り降りと同時に、大勢の若者や子供が列車の窓枠に足をかけてよじ上り始めたのである。

「シン! シン! みんな何してんのかな!?」

「ああ、こいつらみんな特等席の乗客さ! 三等車両の上が特等席さ! 風当りも眺めも最高! しかもタダだぜ! 俺一人なら特等席に乗ってたとこだが、お前はボーッとしてて振り落とされやしねえかと思ったから言わなかったんだ」

 そうか! なるほど! こんな特等席があるとは知らなかった! マルは興奮して「特等席」に飛びつく貧しい若者達に見入った。心浮き立つような光景だった。この四年間ずっと、規則通りの堅苦しい環境で過ごしてきた。しかし今目の前に繰り広げられているのは、何とも懐かしい喧噪と猥雑さの氾濫する世界だった。

 マルはその時ふと、列車に押し寄せる少年少女達の中に、故郷の友、ナティの姿を見たような気がした。

(そんなはずがない。だってここはスンバ村からずっと離れてるんだから……)

 ナティはどうしてるんだろうか? 戻ったら会えるかな? 結婚は? まあ、してないんだろうな。あんなに結婚は嫌だと言ってたから……。

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