第5話 進化


・・・日本への潜入準備は慌ただしく進んでいた。・・・



慌ただしいと言っても… 潜入生活に関わる準備の殆どはCIAスタッフがやってくれるのだ。

現時点で私がやらなければならない事は、昔の感覚を取り戻す事と日本への潜入任務を周りに悟られない様にする事である。




波立つ私の心とは裏腹に、卒業式を終えたアナポリス海軍兵学校の時間はゆっくりとした流れに変わっていた。



何故かというと、卒業式の翌日に4年生は退寮して居なくなっているからだ。

それに加えて在校生達はサマー・クルーズ(訓練航海実習)や専門技能体験などの校外学習がメインの時期になるのである。


校外学習はポイント制になっていて単位取得に大きく貢献する。

よって、生徒達はストレス発散も兼ねて積極的に校外学習に参加する。

卒業式後の授業数は極端に減り、校内に生徒がほとんど居なくなるのだ。(追試を受けている生徒が若干存在する)

教官達も、この時期にローテーションでスケジュールを組んで夏休みを取得する。

ただし、新入生のブート・キャンプが開始される時期でもあるため、事故や事件(逃亡や退校処分)が一番発生する時期でもあるのだ。



…いつも通りに出勤すると、普段はほとんど使われる事がない海軍博物館の地下駐車場に呼び出された。…



海軍博物館の警備員達は、いつの間にか見慣れない人間に変わっていた。

IDを提示すると敬礼をしてくるが、何処かぎこちない… 無線機に向かい「カザマ〝教官〟が到着しました」と報告をしている。

軍人ではないのだろう。



アナポリスの教官になって5年、海軍博物館の地下へ入るのは初めてである。



中に入ると M4A1 カービンを肩に提げた海兵隊員が立っていた。

壁の一点を見つめながら敬礼している… 通路の先には茶色い扉が見えた。

軽い答礼をしながら廊下を歩いて行くと丁字路に突き当たった… 左右を確認すると右手奥に海兵隊員の右顔が見える。

何も無い廊下だ。


私の足音だけが響いている。


警備の兵士が敬礼をした時、足音を聞いていたかというタイミングで唐突に扉が開かれた… 白衣にネクタイ姿の青年(20代後半位だろうか)が立っている。

綺麗な金髪で青い瞳、頬から首にかけての血管が見えるほどの色白な青年だった。

また身体検査なのかとうんざりした気分になっていると、青年は床に視線を逸らし両手でガッツポーズを作りながら独り言を始めた… 真っ白な首筋を赤く高揚させている。



「…凄いぞ… 光栄だなぁ 〝砂漠のシャガール(Jackal)” と恐れられていた、あのカザマ隊長と仕事をするんだ… 本物のシャガール隊長だ… これは凄い事だ… 」



挨拶をする前に独り興奮状態に陥っている青年を目の前にして、私は暫し呆気に取られていた。

すると、青年は頬を赤らめたまま直立不動の姿勢になった。



「お、お目にかかれて光栄です! 特殊装備班主任のマーカス・フレッドです!」



興奮した表情を隠そうともせず(アピールするかの様に)興奮気味に握手を求めてきた手は力強く握られたのだが… 手は女性のような繊細な手である。

現場の経験は無いのだろう… デスクワークが長いと物語っている手だ。



「シャガール隊長! どうぞおかけください。本日は装備のレクチャーをさせていただきます。…あ、それと私はCIAから海兵隊特殊コマンドに派遣されています。 軍人ではないのでマーカスと呼んでいただいて結構です!」



CIAからの派遣スタッフ… 私の軍歴を知っていても不思議ではない。

…が、敵から呼ばれていた忌名で仲間から接せられるのは、あまり良い気分ではなかった。



「マーカス君。その… シャガールというのは止めてくれないか? 私はアナポリスの教官だ。」



そう伝えると、マーカスは ”はっ” とした表情になった後、慌てた様に直立不動になると海軍式の敬礼姿勢になった。



「し、失礼しました! シャ… 違った… カザマ隊長!」



マーカスは ”またやってしまった” と言いそうな表情をすると、目を瞑り下唇を噛み締めている。



「気にしないでくれていい。」

「あ、はいっ! …そ、それでは始めさせていただきます!」



挨拶もそこそこに、いきなり最新装備のレクチャーを受ける事になった。



先ずは、TOUGHBOOK(軍用ラップトップパソコン)の説明からだった。

5年前の物よりも一回り小さくなっており、厚みも減って外見もかなりスタイリッシュになっていた。

液晶画面は取り外し可能なタッチパネル仕様である。

起動時間も短いし、まるで自宅のラップトップを操作している感覚だ。


最初に驚いたのは衛星通信システムが驚くほど小型化・省電力化されている事である。

モバイル型バッテリーは容量が格段に増えており、これならば作戦遂行中の電源ロスは心配ないだろう。


次に感心したのは、骨伝導通信システムの音質が格段に上がっている事だ。

まるで同じ部屋に居ると錯覚するほどのクリアな音質だった。

サーマルビジョン、ナイトビジョンゴーグルともに使用時間が大幅に伸びていた。

これもバッテリー性能の向上を物語っている。


電子機器の確実な使用を担保する〝ポータブル電源キット〟の進化が著しい。

ソーラーパネルでの充電方式になっており、太陽さえあれば電力を安定的に自給自足する事を可能にさせていた。

小隊行動に於いて、無限の電力を手に入れたと言って良いだろう。



マーカスは矢継ぎ早に装備の特徴と使い勝手の説明をしていたが、どれも装備への愛情をアピールする様な説明の仕方だった。



その中でも私を一番驚かせたのは ”偵察用ドローン・パッケージ” である。



手の平サイズのヘリコプターを想像して欲しい。

メインローターとテイルロータがあり、外見はアパッチ戦闘ヘリのウェポン・キャリアを無くしたスタイリッシュな物だ。

飛行時間は25分で飛行半径は2km、動画・静止画共に撮影可能なのだという。

しかも、機体と映像受信タブレット+コントローラーで1kgちょっとの重量しか無い。

マーカスはドローンをテーブルの上に置くとドアを開けに行った。



「隊長、タブレットを見ていてくださいね。」



今回の任務は単独潜入であり隊長は居ないぞ、という言葉は飲み込んだ。

悪戯っ子の様な表情をしたマーカスの手には、ハンドサイズのタクティカル・ライトみたいな物が握られている。



「・・・行きますよぉ。」



ドローンのメインローターとテイルローターが高速回転を始め、ゆっくりと上昇し始めた… 想像した以上の静かさだ。

屋外ならば10mの距離まで接近したとしても、音で敵に気付かれる事は無いだろう。


ドローンはヘリコプターと同じ挙動でホバーリングしたかと思うと、すーっと扉に向けて飛んで行った。


モニターには直立している海兵隊員が写っている… ドアを通り抜けると丁字路を左に曲がった。

先ほど入ってきた扉と伍長の姿が近づいてきた。

ドローンが伍長の顔の前で停止する… 鼻をヒクつかせて、どう反応して良いか分からないと言いたげな視線の伍長の顔がタブレットに映し出された。


ドローンはクルッと方向転換すると、あっという間に部屋へと戻ってきた。



「マーカス君、驚くほど静かで俊敏な動きだな。それに映像も綺麗だ。」

「へへっ、そう言っていただけると嬉しいです。こいつ、秒速6mで飛べるんです。 あ、ちょっと待ってください。こんな事も出来ますよ。」



マーカスはドアを閉めると部屋の電気を落とした。

タブレットの画面には白黒の私が映っている。



「赤外線撮影も出来るのか? これは小隊行動の概念が変わるな。」

「そう思われますか? 嬉しいなぁ。この超小型ドローンは来年度から実戦配備される事が決まっているんです! 僕が提案したんですよ! 今回の潜入任務にぴったりだと思ったので一足先に用意してみました!」



マーカスは少年な様な屈託の無い笑顔で敬礼をしてきた。

どうだ、と言わんばかりである。

…しかし、下手くそな敬礼である(笑)



操縦方法はとてもシンプルで、スティック型コントローラの上下左右・前進後進ボタンで直感的な操作が可能だ。

しかも、50m以内であれば、壁に隔てられている屋内での飛行コントロールも出来てしまう優れ物なのである。

偵察任務と状況把握、隠密作戦行動に革命をもたらすと断言して良いだろう。

5年の月日を感じさせるには充分な進化だった。



「マーカス君、ありがとう。これは本当に心強い装備だ。スーパーパワーになり得るぞ。」



そう言葉を掛けるとマーカスはキラキラとした瞳の笑顔を返してきた。



ドローンの操縦練習をしていると、オーダーしていた装備が届いたとの報告があった。

台車に乗せられた大小様々なハード・ケースが部屋へと運ばれて来る。

部屋にハードケースを運び終えた伍長がオーダー票が挟まれたバインダーを差し出してきた。



「大尉、オーダー内容の確認をお願いします。」

「うむ。」



私は真っ先に一番横幅のあるハードケースを手に取りロックを解除した。

この中には愛用の ”SR25” が収められている…



”SR25” は私達がアフガニスタンで育てたマークスマン・ライフルである。

私達の改善要望と装備評価が認められ、後に〝Mk.11 Mod0 Sniper Weapon System〟として海兵隊正式装備に採用された物だ。

システムにセットされているのは、SR25Mマークスマン・ライフル、サプレッサー、リューポルド社製光学スコープ、Aptialレーザーサイトとハイポッド。

使用する弾丸は 7.62x51mm NATO弾、5発・10発・20発の弾丸カートリッジを使い分け可能である。

セミオート仕様で最大20発のカートリッジを使用可能、近接戦になった時にもある程度の対応が利く。

こいつの特徴は、スコープ、ハイポッドとサプレッサーを装着した時に抜群の安定感を発揮するのだ。


次にハンドガン・ケースを開けた。


中には ”FN Five seven” が入っている。

オーダーした弾丸は 5.7x28mmSS190フルメタル・ジャケット弾 である。

この弾丸は初速がとても早く、近距離であれば軽量ボディアーマーを貫通する。

(大きな声では言えないが、コイツで仕留めた死体は綺麗なのだ。 弾丸は細身で先が尖っているので、生身の身体であれば表面を大きく破壊せずに綺麗に貫通する。)

隠密行動には欠かせないサプレッサーとレーザーサイトも入っていた。


一番大きなハードケースには野営セットと戦闘糧食類、メディック・パック、特殊工具類が詰められている。

底の深いケースを開けると海兵用戦闘服、ヘルメット、シューズ、各種アーマーなどの個人装備類が入っていた。



「伍長。問題なしだ。ありがとう。」

「それではサインをお願いします。」



受領書にサインをすると、伍長は綺麗な敬礼を行い部屋から出て行った。



装備品のチェックを終えて、ナイフ代わりに使っていた先祖伝来の懐剣を鞄から取り出す。

すると、一緒に装備チェックをしていたマーカスが興味津々な表情で懐剣に見入っている。

何か言いたそうだった。



「マーカス君、何かな?」



マーカスは何か言いたそうにモジモジしている。

ハッキリ言おう… この手の男は苦手である(笑)



「あ、えーっと…はいっ、大尉からの装備オーダー票を元に準備とセッティングは私が行いました… 」

「そうか。問題なしだ。」


「あの… ええっと…」

「マーカス主任! 言いたい事があるならばハッキリ言ってくれて構わないぞ。」

「その…」



海兵隊員であれば怒鳴りつけて喝を入れているが… 思わず咳払いが出てしまった。

まぁ、軍属だから勘弁してやろう。

マーカスは2~3度呼吸を整えると堰を切ったように話し始めた。



「隊長! 7.62ミリと5.7ミリ弾は多めに用意した方がよろしいかとぉ! 理由は、日本自衛隊は5.56m弾が主流であり、万が一の場合は 7.62ミリ弾の入手が難しく、5.7ミリ弾を使用した銃は使用されていないので日本では入手困難です! …生意気言ってしまって …ごめんなさい!」



一気に喋り終わるとマーカスは肩で息をしている。(懐剣に興味を持ったわけでは無かったようだ。)

しかし、マーカスの行動を余計な事と捉えるか、気を利かせたと捉えるかで、この状況は大きく変わる。

私は〝気を利かせた〟と捉える事にした。



「マーカス君、気遣いに感謝する。」

「あっ、は、はいっ! それともう一つ。 僕は横須賀基地勤務で〝今の日本は雨期であり、7~9月は高温多湿でタイフーンが多い〟という事を経験しました。クリーニング・キットの他にメンテナンス・ツールも追加した方がよろしいかとぉ! 」



大きく深呼吸をしている… 緊張は少しだけ解けたようだ。

マーカスは未だ何か言い足りないような視線を私に送ってきた。

恐らく、日本での経験上から私の装備オーダー表で足りない物を補完しようとしてくれているのだろう。


こういう気遣いは本当にありがたい。

昔から〝To see is to believe〟(百聞は一見にしかず)と言う。


私は日本に行くのは初めてなのだ。

直感的に日本での活動に必要な物の追加をマーカスへ任せようと思った。



「マーカス君、私は乾いた砂漠での任務は熟知しているつもりだが… 高温多湿な日本での任務は初めてだ。 日本での任務で必要と思う物を追加して貰えるかな?」



マーカスの顔がみるみるうちに少年の様な笑顔に変わっていく。 背筋を伸ばし直し、踵をコツッと鳴らすと下手くそな敬礼をしてくる。



「Aye Aye Sir!」(命令を確認しました! 直ちに実行します!)




マーカスは覚束ない回れ右をすると廊下を走って行った。



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月夜の勝ち鬨 ~風の魔物と呼ばれる男~ @Muckpapa

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