最終話 幸せの瞬間
ホーハイトの言葉を受けたコンプリチェが、ぶつぶつと小声で呪文を唱え始めた。彼女の前に、オレンジ色をした魔法陣が姿を現した。
「ま、まずい」
シオーネ王子が声を出したその時だった。
オレンジの魔法陣から円柱の光が立ち上がり、その中からぼんやりと黒く人の形をした物体が揺らめき始めた。
「魔人だ。森で出くわしたのと同じタイプの魔人だ」
私とシオーネ王子、そしてグアール国王は、じりじりと後ろに下がり壁を背にして立ち止まった。
黒く揺らめく魔人が、目を赤く輝かせている。
「さあ、そこにいる三人を殺してしまいなさい」
コンプリチェが冷たく言い放つ。
魔人は人間など一瞬にして消し去る能力を持っている。何がどう転んでも、人間が魔人に勝てることはない。魔人に勝てるものは魔人しかいない。
だったら、残された道は一つしかない!
私は覚悟を決めると、急いで両手を胸の前で合わせ、呪文を唱えた。
「召喚せよ! 我が下僕となる魔の国の者よ!」
私の作った青白い魔法陣が輝き始める。
さあ、お願い! いつも失敗ばかりだけれど、パラディスの森の時のようにもう一度だけ成功して!
青白い魔法陣から突然に円柱形の光が出現した。その光が少しずつ人の形に変化している。
「これは、森で見たのと同じ青白い光だ!」
シオーネ王子が、目に入る光線を手で防ぎながら声を上げた。
成功している! 魔族を召喚できている!
私がそう確信してきた時、私たちと対峙しながら奥で状況を見守っていたホーハイトが声を荒らげた。
「ピティエ、貴様のような三流魔法使いが呼び出す魔人などしれている! ここにいるコンプリチェはファン王国きっての特級魔法使いだ。貴様が敵う相手ではないぞ!」
その言葉に呼応するように、黒く揺らめく魔人がゆっくりと私たちに向かい進んできた。
私の術で呼び出された青白い人の形をした魔人も、その黒い魔人の正面に立ち、向かい合っている。
「ご主人様、ヘレーロでございます。何かご用命を頂けますでしょうか」
ヘレーロは黒い魔人から私たちを守るように体の面積を広げながら言葉を発した。
「ヘレーロ、あなたの前にいる魔人を倒してちょうだい!」
「承知いたしました」
「承知したということは、倒せるということなの?」
「倒せるかどうかは、やってみなければわかりません」
ヘレーロは、事もなげにそう返事をした。
「ふん、まぐれで出した魔人など、たかが知れている。さあ、コンプリチェ、あの青白いやつをさっさと消し去ってくれ」
ホーハイトは、演じているのかどうかは分からないが、落ち着き払った顔をしていた。おそらく、特級魔法使いのコンプリチェの力を信じきっているのだろう。
けれど、コンプリチェの表情はホーハイトの顔とは違った。以前、パラディスの森で召喚した自分の魔人が倒されているからか、険しい目をしながら魔人同士の戦いを凝視していた。
ジリジリと二つの魔人がお互いの距離を縮める中、勝負はあっけなく一瞬でついてしまった。ヘレーロが前に出たかと思えば、フッとその姿を消し、次の瞬間黒い魔人の身体が縦に真っ二つに切り裂かれたのだった。
「えっ」
ホーハイトの声が漏れ聞こえてきた。
「ご主人さまの仰せのとおりに、魔人を倒しました」
再び姿を現したヘレーロが何事もなかったような落ち着いた声で私に報告した。
あまりに簡単に相手の魔人を消し去ってしまったヘレーロのすごさにびっくりしながら、私は思わず口を開いた。
「ヘレーロ、あなたは強い魔人なの?」
「はい。魔族にもクラスがございます。私はその中でも最上位に位置する者でございます」
そんな頼もしい言葉を残したヘレーロは、目の前にいるホーハイトとコンプリチェを視界に捕らえながらこう問うてきた。
「ご主人様、次は、どちらの人間を殺せばよろしいのでしょうか」
「まま、待ってくれ!」
ホーハイトが、先ほどからの余裕ある顔つきを一変させ、血の気の引いた青ざめた表情で声をあげた。
「命だけは助けてくれ、頼む、殺さないでくれ」
そんな様子を見ていたシオーネ王子が一歩前に出た。
「だったらホーハイト、すべての罪を認めて、今後は素直に罰を受けるというのだな」
「認める。だから、命だけは助けてくれないか」
ホーハイトの言葉を聞いたシオーネ王子が、私に顔を向け小さく頷いた。私も同じように頷き返す。
「ヘレーロ、ありがとう。もう誰も殺す必要はないわ。今日のところは魔界に帰ってちょうだい」
「わかりました。また御用がございましたら、いつでもお呼び出しください。ご主人さまのご用とあれば、このヘレーロいついかなる時でも参上いたします」
そう言葉を残したヘレーロは、空間に出現した黒いホールに自分の体を吸収させ、あっという間にその姿を消し去ったのだった。
後日、ホーハイトとコンプリチェは正式に捕らえられ、今でも暗い牢獄での生活を強いられている。
そして私は……。
※ ※ ※
「ピティエ、準備はできたかい?」
王宮広間に通じる廊下に立つ男性がそう私に声をかけてきた。幾何学的な模様が施された絨毯の先にある大きな扉が開いた。
「さあ、行くよ」
「はい」
私はそう言うと、なめらかで光沢のある白い手袋が自分の手にしっかりとはまっているかもう一度確認した。右手で左の手を触れたとき、今までにない物が指に当たった。それは、今しがた私につけられた、王家に伝わる驚くほど大きな指輪だった。
扉が開くと、奥の王宮広間から割れんばかりの拍手とともに、オーケストラによる荘厳な入場曲の演奏が始まった。
「さあ、もう逃げられないよ」
いつものように優しい笑顔を向けてきたのは、私の横に並んで立っているシオーネ王子だった。
「ここまできたら、君にはこのファン王国の王妃となってもらうからね」
「……」
私はことの重大さに何も言葉がでなくなってしまった。
「でも、安心して」
そんな私の気持ちを見越したようにシオーネ王子はこう言った。
「僕は、君を幸せにするために、この国の王となるのだから。何があっても僕は君を守るよ。それは絶対に約束する。だから安心してほしい」
いつも私が助けていることも多いんだけど……。
そんな冗談で返したかったが、緊張のため、うまく言葉が出てこなかった。
代わりに「はい」と短く返事をした。そう返事をしてから、これでよかったんだと思い直した。
シオーネ王子が、リハーサルで行ったように左腕を曲げるとエスコートポーズを取った。私は自分の右腕を王子の腕に差し入れた。
私たち二人は、腕を組み合い、歩調を合わせて、明るい扉の向こう側へと歩き始めたのだった。
(了)
仕組まれた婚約破棄、それは私が殺人者に仕立て上げられるため 銀野きりん @shimoyamada
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