第6話 対峙

 朝だわ。無事にぐっすりと眠れたみたい。


 そう思いながら玄関へ目を向ける。

「おはよう。目が覚めたんだね」

 シオンはすでに起きていて服を着替えていた。

「今何時かしら? 私寝過ごしてしまったの?」

「いや、大丈夫だよ。まだ八時にもなっていないよ」

 シオンは優しさがにじみ出るような表情をこちらに向けてきた。

「ただ、今日は王宮に出向く日だ。ピティエもそろそろ外出の準備をしてくれないか」


 そうだった。昨夜、シオンは国王に会いに行くと言っていた。国王に会って、ホーハイトが私たちの命を狙っていることを進言すると言っていたのだ。けれど、一般庶民のシオンが、ふらっと王宮に出掛けていって、いきなりグアール国王に謁見できるとはとてもじゃないが思えない。でも、昨晩のシオンの言葉では、問題なく会えるような口ぶりだった。いったい、どういうことなのだろう。


 進言なんて、夢のまた夢。こんなこと、上手くいくはずがない。


 半ば諦めにも似た気持ちになりながらも、私は急いで服を着替え、シオンとともに王宮へと向かった。

 道中を歩いていると、またどこからか魔物が襲ってこないか不安でしかたがなかった。あの、安全と言われているパラディスの森で魔物が現れたのだ。間違いなく、誰かが魔族召喚術であの場に魔人を出現させたに違いない。そして、私の術で魔人を倒すことが出来た後、逃げるように立ち去ったあの女性。おそらくあの女性が、私たちを襲った黒い魔人を召喚したのだろう。

 遠くから後ろ姿しか見えなかったが、あの女性にはどこかで会っているような気がする。誰だったのだろうか。もう少しで思い出せそうなところまで来ているのだが、はっきりとした答えが導き出せずにいる。

 そんなモヤモヤとした気持ちを抱きながら歩いていると、三つの塔を空に向けた立派な宮殿が姿を現した。


「さあ、着いた」

 シオンはそう言いながらお構いなしに門に立つ護衛兵に向かって歩いていく。

「ちょ、ちょっとシオン! 貴族オタクのあなたが行っても、不審者として捕まるだけよ」

 そんな私の言葉を背にしながらも、シオンは平然と護衛兵の前まで歩いていく。私は距離を保ちながらも彼の後をついていった。

「何者だ!」

 護衛兵は声を荒らげた。


 ほら、思った通りの展開だわ。


「シオン、無理よ。約束もなく一般庶民が宮殿に入るなんて出来っこないわ。捕らえられないうちに早く帰りましょう」


 護衛兵が腰に携えている剣に手を伸ばした時だった。シオンが護衛兵に向かってこんな言葉を発した。

「ロイヤー、僕の顔を忘れたと言うのかい?」

 その言葉を聞いた護衛兵は、じっとシオンの顔を覗き込む。そして、しばらくすると、剣の鞘に伸ばしていた手をさっと元に戻し、直立不動でこう述べたのだった。

「これは、失礼しました! どうぞお通りください!」

 私は後ろでポカンとなりながら事の成り行きを見守っていた。何が起こっているのか、全く理解ができない。

 そんな私にシオンは振り向いてみせると、「通ってもいいみたいだよ」と言ったのだった。


 絹で編まれた赤い文様の絨毯が敷かれた廊下を歩き、突き当りの階段を上にのぼる。シオンは宮殿の内部をすっかり分かっているようで、迷うことなくグアール国王の王室へと向かっていく。この頃になると、ようやく私も、シオンがただの貴族オタクではないことに気づき始めた。廊下ですれ違う王宮職員たちも、はじめは訝しげに私たちのことを見るのだが、シオンの顔を確認した途端、皆サッと道を開けると深々と礼をしてくるのだった。


「シオン、あなたはいったい何者なの?」


 だが、シオンがその問いに答える前に、私たちは王室のドアへと到着した。他のドアとは明らかに違う彫刻が施された荘厳な扉が目の前を塞いでいる。ここまで来て、またしても私は心配でしかたなくなった。

 いくらシオンがすごい人物だとしても、この国最高位であるグアール国王にやすやすと会える人物などいないはず。それに、万が一シオンが国王と懇意の仲だったとしても、私は違う。私はただの庶民生まれの下級貴族だ。こんなところに一緒にいていいのだろうか。

 そんな私の心配を見越したのだろう。シオンは扉に手をかけると、「ピティエは何も心配することはないよ。安心して」と声をかけてきた。


 シオンはノックもせずに王室の扉を開く。そして、扉を開くなり、ズカズカと中へと入っていく。私はその後ろを恐る恐るついて歩いた。

「グアール国王、おられますか?」

 シオンは中央で立ち止まると、部屋を見回した。

 もう一つ奥にある部屋の扉が開かれ、グアール国王が姿を見せる。

「誰かと思えば、その声は――」

 国王の顔がほころんだ。

 シオンは王の元に足を進めて片膝をつくとこう言ったのだった。

「お父上、お久しぶりでございます」

 私はその言葉を聞き、仰天してしまい、何がなんだか分からなくなってしまった。


 お父上?


 確かグアール国王には息子は一人しかいなかったはずだ。なので親戚筋であるサディゴウ公爵家のホーハイトが第二王子となっているのだ。

 ということは、つまり……。

 ここにいるシオンが、グアール国王の一人息子だというのか?


 私が混乱し続けている中、グアール国王はシオンに向けてこんなことを口にした。

「我が息子、シオーネ王子よ、よく戻ってきた。そなたが戻ってきたということは、あの恐ろしい問題が解決しそうだということかな」

「はい、その通りでございます」

「では、さっそく教えてもらおうか。我が息子であるシオーネの命を狙っている犯人がいったい誰であるのかを」

 シオン、いや、シオーネ王子は国王の前から一歩下がると、後ろで突っ立っていた私を呼び寄せた。

「ここにいるのはホーハイトの元婚約者であるピティエであります。僕は、ピティエとともに、パラディスの森で殺されそうになりました。たまたまピティエが魔族召喚術を成功させてくれたおかげで難を逃れましたが、そうでなければ私たちはもうこの世にはいなかったはずです」

「どういうことだ?」

「ピティエはホーハイトが誰かを殺そうと計画していることを知っています。その口封じのため、僕と一緒に命を狙われたのです」

「つまりは……、つまりは我が息子の命を狙っていた人物というのは、第二王子であるホーハイトということなのか?」

「はい、間違いありません」


 グアール国王は、シオーネ王子の後ろで隠れるように立っていた私に声を掛けてきた。

「ピティエ、ホーハイトが誰かの命を狙っていたというのは本当なのか?」

 私はドギマギしながらも、勇気を出し本当のことを述べた。

「はい。その通りでございます。ホーハイト王子は、私の魔族召喚術を使ってある人物を殺してほしいと話してきました」

「ある人物とは誰だと言っていたのだ?」

「それは、まだ言えないと」

 私がここまで述べると、あとはシオーネ王子が引き継いだ。

「ホーハイトは前々からこの国の王になり、実権を手に入れたいと願っているのは皆が知るところです。第二王子であるホーハイトが私を殺してしまえば、後は自然と自分が国王になれるということです」

「確かにそういう考え方もできる。しかし、今の時点ではまだはっきりとした確証がない」

「私たちは命を狙われています。このままじっと待つわけにはいきません。ここで、国王のもとでホーハイトと話をさせていただければ、僕たちの話が真実だと国王にも分かっていただけると思います」


 シオーネ王子の言葉を聞いたグアール国王は、はっきりとこう宣言したのだった。

「よし、今すぐホーハイトをここに呼ぼう。そして、事の真相をはっきりとさせようではないか」


 国王の命令で、従者が慌ててホーハイトを呼びに向かっている間、私はシオーネ王子からこんなことを聞かされた。

 三ヶ月ほど前のこと。王宮でシオーネ王子の食事に毒が盛られた事件があった。味覚の鋭い王子は、すぐに料理の味の変化に気づき難を免れたのだが、一歩間違えば命を失うような毒物が混入されていたのだ。その事件で、王子の命を狙う者が王宮にいることが発覚し、危険を感じたシオーネ王子はすぐに姿を隠したのだった。姿を隠しながらも、犯人が誰かを探り、その者をおびき寄せようと、毎日決まった時間にパラディスの森へ姿を見せていたのだが、そうした中で魔人に襲われ、ピティエに助けられたということだった。

「君に命を救われ、僕を狙っている犯人が誰だか、はっきりしたと言う訳さ」

 シオーネからそんな話を聞かされている時、王室の扉が開かれ、第二王子であるホーハイトが姿を見せた。背の低いホーハイトの横には、すらっと背の高い美女の姿もある。


 あの女性は……。


 そうだった。私は婚約破棄を言い渡されたショックで、はっきりとは覚えていなかったが、ホーハイトの横にいる女性は新しい婚約者であるコンプリチェに違いなかった。


 どうしてコンプリチェまで、一緒にきているのだろうか?


 そんなことを考えていると、王室に入ってきたホーハイトがいきなり声をあげた。

「これはこれはシオーネ王子、最近お姿をお見かけしませんでしたが、お元気だったのですね」

「黙れ、ホーハイト!」

 シオーネは強い口調で応じた。

「お前の企みはもうはっきりとしている。この場で私とピティエの命を奪おうとした罪を認め、刑に服すると誓え!」

「急に呼び出され、何を話し出すかと思えば、事実無根の作り話ですか。何か証拠でもあるというのですか?」

 ホーハイトはいつもの屈折した笑みを浮かべていた。

「証拠は、ここにいるピティエだ。お前はピティエに殺人の依頼をしたそうじゃないか」

「ふん」

 ホーハイトは、私には目を合わせずにこう言った。

「この女の言うことなどあてになりません。きっと私が婚約を破棄した腹いせに嘘をついているのでしょう」


 その言葉を聞いたグアール国王が私に問うた。

「どうなんだピティエ、ホーハイトはそなたに殺人を依頼してきたのか?」

「はい。間違いありません」

 私ははっきりと答えた。

「何を言うか、この大噓つき娘が」

 ホーハイトは声を荒げた。

「この私を殺人者呼ばわりして、ただ事ですむと思うなよ。私がいつ貴様に殺人を依頼したのだ? そんな記録でもあるのか? これは、言った言わないで済まされる内容ではないのだぞ!」


 そうだった。私は確かにホーハイトからある人物をこの世から消し去れと頼まれた。しかしそれは、文字で書かれたものでもなく、何の記録も残っていない言葉だった。

「グアール国王、ここにいるピティエは、魔族召喚術を使えもしないのに使えると大嘘をつき、貴族にまでなった女です。こんな奴の話は、全く信用できません」

 ホーハイトは勝ち誇ったように目を見開いている。

 グアール国王の視線が私に刺さるように向けられた。

 と、その時だった。私は思い出したのである。そう、こうして目の前でみると、間違いようがなかった。


「グアール国王、ホーハイト王子の横にいるコンプリチェですが、私は、彼女がパラディスの森から逃げていくのを見ています。私たちは、森にいるはずのない魔人に襲われ、命を落としそうになりました。誰かが魔族召喚術で私たちを襲ったのです。魔族召喚術を行うには、その魔術を行う魔法使いが近くにいなければなりません。ここにいるコンプリチェがもし魔族召喚術を使えるなら、彼女が術を使い私たちを襲ったと考えられるのではないですか?」


 グアール国王は私の話をきき頷いた。

「確かに、魔族召喚術を使える魔法使いは、この国には数えるほどしかいない。ピティエもその一人であることは、シオーネ王子から聞いている。そして、もしここにいるコンプリチェが魔族召喚術を使えるなら、彼女が術を使ってシオーネ王子たちを襲ったと考えるのが当然だろう」


 国王の視線が私からコンプリチェに移る。

「さあ、コンプリチェ、そなたは魔族召喚術を使える魔法使いなのか?」

 グアール国王の言葉で、コンプリチェは明らかに動揺しているように見えた。目を泳がせ、隣りにいるホーハイトに助けを求めるかのように顔を向けた。

「とんだ作り話です」

 ホーハイトが汗をかき、真っ赤な顔で話しはじめた。

「パラディスの森にいたからといって、コンプリチェを犯人に仕立てるなんて、むちゃくちゃな話です」


「ホーハイト王子」

 今まで、私たちの会話を見守っていたシオーネ王子が声をあげた。

「見苦しい言い訳は止めるんだ。コンプリチェが魔族召喚術を使える魔法使いかどうかなど、調べればすぐにわかることだ。もう言い逃れは出来ない段階にきているのだぞ」


「……」


 ホーハイトは小刻みに手を震わせ、頬を痙攣させながら歯を食いしばりはじめた。

「もう、罪を認めて観念するんだ」

 そんなシオーネ王子の言葉を聞いた瞬間だった。ホーハイトが何か吹っ切れたように叫び始めた。

「お前たち、何も分かっていないようだな。この中で誰が一番の権力者なのか、今思い知らせてやるぞ!」

 ホーハイトは嫌らしい笑みを浮かべると、隣りにいるコンプリチェに強い口調で指示を出した。

「さあ、お前の魔族召喚術を使う時が来たぞ。下僕となる魔族を呼び出せ。そして、ここにいる三人を今すぐに抹殺するんだ!」

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