毎日小説No.5 エアコン業者

五月雨前線

1話完結


「今日はありがとうございました」

 作業を終えた俺に、家の家主である初老の女性が声をかけてきた。

「もう新しいエアコンをつけてくださったんですね。優秀な業者さんは作業が

お早いこと」

「いえいえ、部屋の配置的に作業がやりやすかったので、早めに終わっただけですよ。エアコンのリモコンと説明書は机の上に置いておきましたので。

では、失礼します」

 深々と頭を下げる女性にお辞儀を返し、俺は依頼主の家を後にした。諸々の

作業道具を載せた軽トラを運転しながら、俺は口角を釣り上げた。

「あれはかなりの金持ちだな。これはがっぽり稼げそうだ……」

 家の外観からしてかなりの豪邸だったし、作業中に金目のものを幾つも

見つけた。この後再びあの家に忍び込み、盗みを働くことが楽しみでしょうがなかった。

 俺は盗みを専門とする犯罪者だ。スリや銀行強盗、万引きなど様々な犯罪に手を染めてきたが、最近精力的に行っているのがエアコン業者を装った窃盗だ。

仕事の依頼を受けた俺は依頼者の家へ赴き、実際に作業を行う。この時、新しいエアコンの中に特殊な睡眠薬を忍び込ませるのが俺のやり方だ。そのエアコンを使用したが最後、家の中に催眠ガスが充満して住民を強制的に眠らせる。

その隙に家に忍び込んで金目のものを盗みまくるという算段だ。

 季節は夏。毎日熱中症アラートが発令されているので、あの家主は確実に

新しいエアコンを使用する。今日の夜に早速忍び込んでやろう。俺はそう決め、仲間の待つアジトへと向かった。


***

「兄貴、そろそろっすか?」

「ああ」

 その夜。俺は子分の男とともに、再び依頼主の家を訪れていた。設置した

新しいエアコンに取り付けておいたセンサーによって、あの家主の女性がエアコンを使用したことは確認済みだ。今頃家の中に催眠ガスが蔓延しているに違いない。

「よし、行くぞ」

「了解っす!」

 子分はそろそろと敷地内に侵入し、窓ガラスの一部分を割って施錠を解除した。二人ともガスマスクを装着し、家の中に侵入する。

「早速この押入れの中を……」

「待て」

 いきなり金品を物色し始めた子分を俺は手で制した。

「エアコンに取り付けておいた装置とセンサーの回収が先だ。あれが警察に見つかるとヤバい」

「了解っす」

 子分とともにエアコンを設置した部屋に侵入し、睡眠ガスを放出する装置とセンサーの取り外しにかかる。

「おい、ドライバーをくれ」

「……」

「おい、どうした?」

 がちゃん。いつの間にか子分は目の前から姿を消し、そして扉が外から施錠されていた。

「おい! 何してるんだお前! おい!」

「ここでさよならっすね、先輩」

 部屋の外から子分の声が聞こえる。何を言っているんだコイツは? 訝しむ俺の横で突然エアコンが起動し、ぶしゅううう、という音とともに送風を始めた。

 これは、催眠ガスだ。どういうことだ? ガスはもう放出されたんじゃなかったのか? 頭の働きが少しずつ鈍っていく。体が重い。瞼がどんどん閉じていく。ガスマスクをしているはずなのに、何故……? ガスを吸い込んでしまった俺は、その場に崩れ落ちたのだった。

***

「あいつを閉じ込めて眠らせましたよ!」

 子分が寝室の扉を開けて嬉しそうに報告すると、初老の女性は毛布を払いのけ、むくっと起き上がった。

「よくやったわね。センサーの動きを操ってエアコンを使ったと思い込ませ、あの男に効果の無い偽のガスマスクを使用させるところも素晴らしかったわ」

「警視庁の幹部の頼みとあっちゃ、何でもやりますよ」

「あの男の窃盗の被害は酷かったから、何としても捕まえたいと思っていたの。貴方に協力を依頼してよかったわ。同業者である貴方の力が無ければ、警察の

気配に敏感なあの男を捕まえることは難しかったでしょうね」

「へへへ。……あのう、それで、以前お話しした僕の罪の件なんですが」

「勿論忘れていないわ。今回協力してもらったお礼として、貴方が過去に犯した罪を全て見逃す。私の権限でデータベースをいじれば簡単に出来るわ。そして、

今まで通り警察の動向も随時貴方に伝える」

「ありがとうございやす!」

 子分は深々と頭を下げた。

「犯罪者の協力者が一人いると色々やりやすいのよねえ。いつも助かってるわ」

「とんでもないっす!」

「あ、そうそう、今回使用された催眠ガスのデータ、持ってきてくれた? この前頼んでいたやつ」

「勿論っす!」

 子分はポケットからUSBメモリを取り出し、女性に渡した。

「何でも、かなり珍しい成分を使った強力な催眠ガスらしいっすね。あいつが

独自に開発したらしいっす」

「ありがとう。これで貴方はお役御免よ」

 え、と子分が声を発した瞬間。女性は目にも止まらぬ速さで子分の側頭部に

蹴りを叩き込み、怯んだところで首に手刀を振り下ろして気絶させた。ふう、と一息ついた女性はスマホを取り出し、知り合いの警察官に電話をかける。

「もしもし。指名手配されていた窃盗犯と、その仲間を捕まえたわ。今から私の家に来てちょうだい。あと、窃盗犯が所持していた催眠ガスについてのデータも入手した。きっと別の違法業者に高く売れるでしょうね。売買のルートについてはまた調べておくわ。じゃあよろしく」

 通話を終えた女性はUSBメモリを手で弄びながら、足元に転がる子分を冷たい目で見下ろした。

「警視庁の幹部が皆正義の執行者だと思っていたのかしら? 犯罪者以上に悪に染まった幹部がいるってことを勉強しておくべきだったわね」

 嘲笑を浮かべる女性。悪意に満ちたその表情は、部屋の中で眠る男や目の前で気絶している子分よりも、ずっと犯罪者めいたものだった。




                               完

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