【番外編】男爵家三男の俺ですが女帝陛下の夫って本当ですか???~今でも信じられませんが精一杯務めさせていただきます~

 月日は流れ、俺とルーの結婚生活は十年を過ぎた。幸いなことに、今のところルーに捨てられることなく過ごしている。俺の働きぶりを褒めてなのか、揶揄してなのかは定かではないが俺は『女帝陛下の最強にして最高の使用人』と呼ばれているらしい。ちなみにこの呼び名、ルーは大層ご立腹だ。

 そんな俺達の冬のとある休日の出来事だ。

「お姉さま!お義兄さま!運命の相手ってどうしたら見つかりますか?」

 豪華なドレスを纏った少女が俺達夫婦の私室に入るなり、口を開いた。そして、目をキラキラとさせながら俺達の答えを待っている。

 ルーをお姉さまと、俺をお義兄さまと呼ぶこの少女は、ルーの妹である。もう一回言おう、ルーの妹である、正真正銘の。しかも母親も同じだ。俺と初めて出会った頃のルーとそっくりな外見をしているため、俺を懐かしい気分にさせる。

 ルーは、先帝陛下夫妻のたった一人の子だったが、なんと俺達が結婚した後に生まれたのである。

 皇太后陛下は身体が弱く、ルーを生んだ際に一度心臓が止まりかけている。産後も、体調が芳しくなく、一年以上ベッドでの生活だった。そのため、先帝陛下は次の子を作るのを諦めたはずだった。

 ルーの即位式と俺達の結婚式の姿を見て、もう何も心配いらないと思った先帝陛下は俺たちの結婚式の夜に皇太后陛下と盛り上がってしまったらしい。あの日は俺達も…(以下略)

 結婚式から2か月後、先帝陛下が俺の私室を訪れ、挨拶もそこそこに、陛下が「ロラン君!愛する妻が身ごもった!頼む、我が妻とこれから生まれてくる子を助けてくれ!君だけが頼りだ!」といきなり俺の足にすがりついたのはあまりにも衝撃的で、十年経った今でも鮮明に覚えている。

 先帝陛下の無茶振り、んんっ、お願いを叶えるべく、俺は皇室専属医と俺の魔法師匠である爺さんと三者で何度も協議して、医療と魔術の両面から母子の負担の少ない方法を考え出した。詳細は省くが医者の監督の元、俺が風魔法と回復魔法を駆使して、生まれたのがルーの妹、マリー=アンジュ・リュミエール・グランフルール皇女(愛称:マリアン)である。皇太后陛下も命を失うことなく、とくに問題なく過ごしている。

 ちなみに、出産を終えた直後に皇太后陛下が「ロラン君が生んでくれました」と周囲に言ってしまったので、しばらく宮殿内で物議を醸した。なお、ルーにも同じ方法を取ったので、「私は生んでいません。ロランが生みました(ニッコリ)」と言っているのでこちらも困ったものである。 

 

「マリアン、私は運命の相手を探そうと思ってロランの家に行ったわけではないですよ」

「俺はどっちかというと、運命から逃げ…あ、すまない、ルー」

 ルーの目が一瞬にして鋭くなったため、俺の発言を引っ込めた。女帝になってから、目の力が更に強くなったというか、下手したら目線だけで相手を殺せるんじゃないかと思うことがある。ルーが怒るかもしれないから言わないが。

「そうですか。お姉さまがお義兄さまに会ったのは八歳のときだと聞いたので、私にもそろそろそんな出会いがあると期待したのですが…。この前、九歳になったのに何も起きていないんですよ!」

 マリアンは目の端に少し涙を溜めている。

 何もそこまでとは思うが、本人にとっては深刻な問題なんだろう。

 それにしても、女の子は成長が早い。恋に恋するお年頃になってしまったか。うちの長男ロベールもマリアンと同い年だが、弟たちと野山を駆け回るのが好きな少年だぞ。今日もロベールは弟二人と護衛を連れて遊びに行っている。この差は大きいな。一番下の弟は赤子なので乳母のところでお休み中だ。

「マリアン、あなたには政略結婚の必要はありませんし、じっくり相手を選べばいいのですよ」

 その点については、マリアンは恵まれている。

 俺達は政略結婚で外交を進めようと思っていない。それに先帝陛下夫妻もマリアンを大変可愛がっていて、手放したがっていないからだ。ルーは立派な跡継ぎにさせなければならないという思いがあって、愛情を示しつつも時には厳しく接していたが、マリアンはその必要がないせいか、二人からそれはそれは可愛がられている。

 大人の皇族全員(と言っても先帝夫妻とルー、一応俺も)が、マリアンの結婚について全て本人の意思に任せるつもりである。正直なところ、相手が貴族位を持っていなくても構わないと思っているくらいだ。さすがに素行の悪い男と結婚するなんてことになったら全力で止めるつもりであるが。

「でも、年の近い子と何回か集まっても、私の運命!という子に出会えなくて。考えているうちにどんどん婚約が決まっている子が出てきて」

 マリアン皇女殿下、わずか九歳で焦り始めるということか。それもそうか、有力な貴族はそろそろ婚約を始めるからなぁ。

 我が家―グランフルール分家―は長らくの間、無風状態というか、関わったら貴族として終わりだ、末代まで祟られるという扱いだったが、いざ俺とルーが婚約をしたら俺の兄弟どころか、貴族位を捨てたはずの親族にまで見合いが殺到した。そんな手のひら返しの皆様には、先帝陛下やルーを通じてバッサリとお断りさせていただいた。

「そこまで深刻に悩むことはありません。それよりも、見分を広げる方がずっとずっといいですよ。あなたが望むなら、外国に出て留学しても構わないと思っています」

「俺は、マリアンが焦って悪い男に騙される方が心配だ。それに、結婚しなくても離宮でのびのびと暮らしたっていいくらいだと先帝陛下も仰っているだろう?」

「それはそうですけど…」

 俺たちが説得しようとするものの、恋に恋するお年頃のマリアンの心に響いていないようだ。小さいころから、俺達夫婦の馴れ初めを何度も聞いて憧れているらしいからな。

「そうそう。あなたが来ると思って、とっておきのお菓子を用意したのですよ」

 ルーはこの話は終わりとばかりに一気に話題を切り替えた。

 いや、とっておきのお菓子と言われるとちょっと自信がないぞ。俺は片眉を上げてルーを見るが、ルーは素知らぬ顔で侍女にお菓子とお茶の用意をするように指示を出す。

「もしかして、お義兄さまの手作りのお菓子ですか?」

「そう、北方で作られている冬の伝統的なお菓子だそうです。ジャムとパイ生地が絶妙なバランスでとても美味しいですよ。それに形も大変可愛らしいでしょう?」

 侍女が並べた菓子をルーが自信満々に説明する。いや、だから、ルー、それは素人のお菓子だから、そこまで自慢するようなものでは…。

「風車みたいな形で可愛いです!」

「俺もそう見えるんだけど、地元の人が言うには星型らしいぞ」

 なぜこんなお菓子を俺が作れるかというと、少年期に小説家の母上の助手として取材旅行に同行させられて、帝国内の様々な地方に行かされたからだ。俺は現地で見聞きしたことをメモしたが、料理関係は小説のネタにしやすいということで積極的に集めさせられた。

 時には気前のいい地元民がレシピを教えてくれることがあるし、レシピを教えてくれなくても、実際に食べてみてどのように作られているかを分析する。そして、家に帰ってから、それを再現するのが俺の仕事の一つだった。

「うーん、美味しいですぅ!」

「そうでしょう!温めるとさらにおいしいですよ」

 ルーとマリアンが俺のお菓子を食べながら嬉しそうにしている。俺はさっと、魔法で温め直して二人に差し出した。ルーたちは、出しなおされたものを口にすると、さらに笑みを深くした。

「そういえば、お姉さまのケープ。レースみたいにきれいですね!どちらの商会で手に入れたものですか?」

「これもロランが作ってくれたものなんです!」

 ルーは肩にかかったケープを広げて見せた。実はルーのお腹には五人目の子が宿っている。身体を冷やさないようにするために作ったが、実は色んな防御効果のある魔方陣をこっそり編み込んでいる。ルーの立場上、いつ、どこでどんな目に遭うかわかったもんじゃないからな。

「お義兄さまはどうして、編み物までできるのですか?」

「それはだな。クローデル商会の従業員がヨルック出身で」

「ヨルックって、毛織物で有名なところですよね!」

 マリアン、ちゃんと勉強しているな。偉いぞ。

「グランフルール分家は超ド貧乏だったから少しでも家計の足しになるかと思って、その人から編み方を習って内職をしていたんだ。いくつか作っているうちに凝り出してしまって、『坊ちゃまならニットの貴公子になれます!』とまで言われてしまった。俺は目立ちたくないから、家族にはいろいろ作ったけど商会にはマフラーとか靴下とか簡単なものしか納品しなかった」

 マフラーや靴下の単価はそこまで高くなかったが、すぐできるので冬の小遣い稼ぎには大変役に立った。少し懐事情が寂しいときは帽子も作ったな。

「すごい!お義兄さま。何でもできるんですね!」

「何でもはできない。人前に出るのは苦手だし、気の利いたことも言えないし、命令するのも苦手だし、他にも…」

 俺は苦手なことを指折り数える。

「ロラン、自分を卑下するようなことを言うと…」

 ルーが俺に身体を密着させ、俺の頬を撫でまわし始めた。だんだん、ルーの美しい顔が近くなっているような…。

「お、お姉さま!」

 ルーの背後に見えるマリアンが見る見る赤くなっている。お子様にはかなり刺激が強いようだ。俺も顔に熱が集まっているから、顔の赤さは似たようなものだろう。それにしても、ルーの指遣いがどんどん艶めかしくなっている。そして、ついに、俺の唇にルーの指が掛かり始めた。

「ルー、これ以上はマリアンの教育に悪いから」

「…仕方ありません。ロラン、今夜、覚悟してくださいね」

 ルーは俺から離れる直前、首筋を甘噛みした。うん、これ、確実に跡が残るよな。今夜、俺は何をされるんだろうか…。今から考えただけでちょっと怖い。

 俺が縮こまっていると、廊下からドアをノックする音が聞こえた。

「お寛ぎのところ失礼します、兄上」

 この声は、弟のシモン―グランフルール分家四男―だな。そういえば、資料を持ってくるように頼んだんだった。俺はルーに許可を得た上で侍女にドアを開けるように指示を出した。

「兄上、ヴァ―ル領の資料一式と目録をお持ちしました。それから、私が資料を纏めている際に気になった点もいくつか書き連ねておきました」

「ん、ありがとう。いつも助かるよ。シモン、お茶でも飲んでいくか」

「いえ、私はこの後も仕事がありますのでこれで」

 弟は颯爽と部屋を去っていこうとするが、

「じゃあ、せめてお菓子を持って帰ってくれ」

 俺は自作の菓子をいくつか包んで押し付けるように渡した。

 女帝の夫なんだから、もっといいものを渡した方がよかったかもしれないが、手近にあったのがこれしかなくて済まない、弟よ。でも、宮殿の厨房で作ったから材料は一流品だから、そこは加味してほしい。

「懐かしいですね!リオンと一緒に後でいただきます」

 真面目で気のいい弟は、心から嬉しそうに菓子を持ち帰っていった。

「お義兄様、今の方は…」

「俺の弟のシモンだ。内政省で文官をしている」

 ルーの夫になって良かったことの一つは、弟たちが路頭に迷わずに済んだことだ。(ちなみにもう一人の弟、リオンは法務省で働いている。)

 これまで、我が家は家名を名乗っただけで不採用というのが規定路線だった。長兄は家名のせいで無職の剣術バカという扱いにされてしまった。

「そうなんですか。今おいくつの方でしょうか」

「もしかして、マリアン。ロランの弟に運命を感じてしまったのですか?」

「いえいえ、ほんの少しだけ素敵だと思っただけです。ほんの少しだけ」

 本人は必死に否定しているが、すっかり恋する乙女の顔をしている。

「マリアンの夫には少し年が離れていないか。シモンは二十歳だから十一は離れていることに」

「そのくらい許容範囲ではないでしょうか?」

「じゃあ、シモンとリオンを今度お茶会に呼んで、どっちがいいかマリアンに選ばせるとか?あの二人は双子だから外見同じだし、どっちの性格が好きか判断させるのはどうだろうか」

「お姉さま、お義兄さま、二人で盛り上がらないでくださいっ。私はただ、ちょっとお義兄さまに似ていてカッコいいと…あ、今のは聞かなかったことにしてください!」

 マリアンはものすごい勢いで部屋を出て行った。走り去る姿も、グランフルール分家領で俺と遊んでいた、かつてのルーとそっくりだった。姉妹だと、ここまでそっくりな動きをするんだな。

 それに比べて俺は兄弟と外見が似ていないと思ったんだけど。他人から見ると似ているのか?細身で背が高いところは同じかもな、弟たちとは。

「ルー、もしかして。マリアン、男の趣味もルーと同じ?」

「みたいですね。私も初めて知りました。可愛い妹でも、ロランは絶対にあげませんが」

 ルーは口の端をキュッと大きく上げた。こういうときのルーは悪いことを考えているんだよな。

「さすがに本人もそこは分かっているだろう。」

「そう、思いたいですけど…」

「あれだろ?大きくなったらパパと結婚するとかいう娘みたいなもんだよ」

 この部屋によく遊びにくるマリアンは俺達夫婦の長女みたいな存在だ。彼女は、息子たちに姉のように振舞っている。そして、叔母様と呼ばれると、ものすごく嫌そうな顔をする。

「ロラン、何となくなんですけど、次に生まれてくる子は女の子のような気がするのです。マリアンで女の子の親という練習をさせてもらっているのかもしれません」

「どうだろう?今のところ全員男の子だからなぁ、また次も男の子かも」

 ルーの宿した子が女の子なのか、男の子なのか。それが分かるのはもう少し先のことだ。どちらにせよ、俺は他の子供たちと分け隔てなく可愛がるつもりだ。

「マリアンにもいつか素敵な殿方に出会えるでしょうか?」

「どうだろうな?ルーと同じくらい可愛くて賢い女の子なんだから放っておかないだろう。それこそ、異国の王子様が噂を聞きつけて求婚してくるかもしれないぞ。いや、マリアンを幸せにしてくれるなら、王子様じゃなくてもいいけど」

 マリアンが運命の相手に出会えるかは、意外と近い将来かもしれないし、もっと先のことかもしれない。彼女の人生はまだ始まったばかり。前を向き続ける限り、可能性は無限に広がっている。


(終)

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男爵家三男の俺が皇太女殿下の婚約者って本当ですか????~大変ありがたいお話ですが、なかったことにできませんか~ BELLE @Belle_MINTIA

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