【番外編】(後編)男爵家三男の僕が皇女殿下のお世話係って本当ですか????~畏れ多いのでなかったことにできませんか~

 ついに皇帝一家がグランフルール分家の屋敷を訪れる日がやってきた。

 あーあ、気が重いなぁ。お転婆な皇女様のご機嫌取りを一か月もするなんて。適当なところでケガでも作って、僕に世話係は無理みたいですって言おうかな。よく考えたら、もらえるかどうかわからないお小遣いより、楽な方を選びたい。

 大人びているとよく言われる僕だけど、僕だって一応、8歳の子供だ。領地にいる友達と一緒に遊んだり、一人でのんびり川で魚を釣ったり、好きなところで昼寝をしたりしたい。何をするか分からない皇女殿下のお世話なんて、ヤダヤダ。

 僕が気乗りしない理由は他にもある。今、僕の目の前で起きている、これだ。

「ふむ、ご苦労。後はこちらでやっておくのでお前は端の方で控えていろ」

 一人の男が偉そうな態度で父上を虫か何かのように手で払う動きをした。ちなみにこの男は、皇帝陛下ではない。少し早めに屋敷にやってきた、皇帝陛下のお付きの男だ。この男、皇帝陛下の側近だけど、子爵家の次男で爵位はない。男爵位を持つ父上を虫のように扱うなんて、許せない!この男以外の大人も、口には出さないけど、こちらを馬鹿にしているような顔をしているのがはっきりと分かる。

 ここにあるのは僕たちに向けられた悪意だけだ。僕らは皇帝一家を迎えるために、お金を使わされて、いろいろ準備させられたのに、どうしてこんな思いをしなければならないのだろう。思わず、僕はこぶしにグッと力が入る。

「ロラン、大丈夫だから。あちらに移動しましょうね」

 僕が怒っていることに気がついたのか、母上が僕をその場から連れ出そうとした。僕が今この男に殴りかかっても、困るのはあの男ではなく、父上と母上だ。

 家族に迷惑を掛けるようなことをしてはいけない。そう思って僕は、しぶしぶ母上に従った。

「ロランはいい子ね。あの男を魔法で滑らせたり、皇帝陛下の前であの男のスラックスがずり落ちる魔法を使ったりしないわよね」

 母上が僕にとんでもないことを囁いた。母上は笑顔だけど、その笑顔が完全に張り付いていて、陶器の人形みたいだった。どうやら僕よりも母上の方が怒っていたみたい。

「使いませんよ、……多分?」

 できないとは言わないけど、こんなたくさんの大人がいるところで、バレずにそんな魔法を使う自信が僕にはまだない。



 玄関前の広場に大きな、大きな馬車が一台止まった。馬車にはグランフルール本家の紋章がはっきりと見える。間違いない、皇室専用の馬車だ。

「皇帝陛下のお成りである!皆、心して出迎えるように!」

 父上を虫のように払った、偉そうな子爵家次男が遠くまで聞こえるように言った。その声を聞いて皇帝陛下の臣下たちも、僕たちもすぐに跪いた。

 最初に、皇帝陛下の側近(侍従とかいう人かな?)が馬車から降りてきた。その次に皇帝陛下、皇帝陛下にエスコートされながら皇后陛下が降りてきた。皇帝陛下は、僕たちと遠い親戚関係だけど、顔が全然似ていないし、堂々とした感じがする。それに、体を鍛えているのか、キュッと締まっていて強そうな感じがする。胃を常に押さえている父上とは全然違う。本当に父上と皇帝陛下は先祖が同じなんだろうか。

 それに比べて、皇帝陛下と違い、皇后陛下は折れそうなくらいに細くて、弱々しい感じがする。だけど、皇帝陛下に向けている笑顔がとても柔らかい。皇帝陛下も皇后陛下に笑顔を向けられると優しそうな眼を向けている。んー、これは何かに似ている。そうだ!

「あの二人、結婚式の新郎・新婦みたいな感じがする」

 僕は小さな声で母上に言った。

「両陛下は、政略結婚なのに周りが驚くくらい愛しあっているのよ。政略結婚っていうのはね、お互いの家や国の利益を考えて結婚することなの。両陛下の結婚は親同士が決めたから、本人たちの希望は全く聞かれていないわ」

 勝手に決められた結婚なのに、こんなに愛し合っている夫婦がいるのか。不思議だな。

「ロランもいつか、素敵なお嫁さんが来るといいわね」

「どうでしょう、僕には無理だと思います」

 だって、不義男爵家の三男だし。と言おうと思ったけど母上が悲しむと思って言うのを止めた。

 両陛下に続いて、ふわふわとした金髪の女の子が馬車から『飛び』降りてきた。一瞬、僕の見間違いかと思ったけど、見間違いじゃなかった。

 馬車の扉は地面から車輪半分くらいの高さがあったけど、女の子はピタッと着地してそのままスタスタと歩いていた。

「「「「「「で、殿下ぁ!」」」」」」

 その姿に周りの大人たちが慌てているけど、女の子は全く気にしていない。

「あー、座りつかれた!お父様、お母様、散歩してきてもいい?」

 女の子は背伸びしながら両陛下に聞いていた。やっぱり、この子が皇女殿下だ。聞いていたとおり、元気過ぎる。

「あぁ、構わないよ。お昼にはここに戻ってくるんだよ」

 皇帝陛下!娘に甘すぎる!そこは止めようよ!

「はーい!」

 皇帝陛下の許可をもらうと皇女殿下は駆け出して、屋敷の敷地外に飛び出していった。

「陛下?よろしいのですか??」

「私に聞くよりも、早くマールを追いなさい。見失うよ」

 皇帝陛下がにやりと笑う。護衛の人たちはバタバタと皇女殿下の後を追っていた。

「ロラン、行きなさい」

 僕は母上に背中を押された。そうだよね、行かなきゃ駄目だよね。僕、世話係だもんね。

「……皇女殿下~。待ってくださ~い」

 僕は必死に追いかけた。皇女殿下、足が速過ぎる。もう、あんなところにいる。

「誰?」

 皇女殿下が立ち止まって、僕の方に振り返った。

「はぁ、はぁ。ぼ、僕はそこの屋敷の子供で…。ぜぇ、はぁ。グランフルール分家の三男のロランです」

 息が上がって、全然声が出ない。まさか、朝から全力疾走させられるとは思っていなかった。

「私、マリー=ルイーズ!って知っているわよね。何か用?」

「この辺りの道案内をさせていただければと思い、参った次第でして」

「いらないわ。帰っていいわよ」

 皇女殿下が僕の提案をバッサリと断った。よし、皇女殿下はお断りなされたということで僕の仕事は終了~、さぁ、帰ろう、帰ろう!

 というわけにはいかない…。

「で、殿下。僕を連れて行った方が便利だと思いますよ!景色のいい場所を知っていますし、お散歩に向いた道も紹介できますし、美味しい野菜や果物を育てている畑にもご案内できますし、きれいなお花が生えているところも知っていますよ……それから、え~っと」

 僕の話に殿下はあまり興味がなさそうだった。殿下の顔に『その話、いつ終わるの?』と書いてあるように見える。

「僕は魔法が使えるので火を出したり、風を吹かせたり色々とできます。それから……あと、……人よりちょっと器用なので魔法で簡単な小屋くらいならすぐに作れますし…」

 僕は必死に自分を売り込んだ。『目立たず、堅実に』という家訓は一旦忘れることにする。いやいや、ちょっと待て。小屋って何言っているんだ、僕。いくら言うことが思いつかなかったからって、女の子相手にそれはないだろう。早く女の子にウケそうな特技を言わないと。

「小屋が作れるの??」

「ええ、まぁ。魔法で木を切り出して、土魔法で地面を平らにして、木材を並べて…」

 僕は小屋の作り方を説明していくと、殿下が大股で近づいてきた。

「今すぐ、秘密基地を作りましょう!」

 殿下は大きな青い目をキラキラとさせながら僕の手をぎゅっと掴んだ。

 ちょ、ちょっと、殿下の顔が近い!こうして見ると殿下は目も鼻も口も見事に整っている、これじゃあ、国中の貴族たちが殿下のことを可愛いと言うわけだ。

 ん??あれ?もしかして、殿下の方が僕より背が高い?……気のせいじゃない。殿下は俺の方をちょっと見下ろす感じだ。同じ年の女の子の方が背が高いって、何かちょっと悲しい。

「どうしたの?返事しなさい」

「失礼いたしました。秘密基地…となると」

 僕はちらりと護衛の人たちを見た。

「大丈夫、私に任せて!」

 殿下は僕の右手を掴んで一気に駆け出す。

「えぇぇ~!」

 僕は転ばないように必死に殿下について行った。それを見た護衛の人たちも慌てて追いかけてくる。やっぱり、そうなるよね。



「もう大丈夫。ほらね。護衛を撒くなんて、か~んたん!」

 僕たちは、農家の納屋に隠れて外の様子を見ていた。足の速さで護衛を混乱させたのは殿下だけど、逃走経路と納屋に隠れることを提案したのは僕なので殿下一人ではここまで簡単に護衛を撒けなかったかもしれない。一応、殿下と僕の共同作戦じゃないかなぁ。本人が満足そうだから、いいんだけど。

「殿下、戻りましょう。皇帝陛下が心配なさいます」

 と言いつつ、僕は殿下の身に何か起きたら皇帝陛下の一存で僕の家が潰されそうなことの方が心配だ。

「ねぇ、ロラン。いつまで大人の振りをしているの?」

「なんのことでしょうか?」

 殿下は僕をじっと見つめてきた。あんまり見つめられると、僕の長い前髪に隠された顔を見られそうで困る。

「あなたって、周りの大人たちに気を遣って、まるで小さな大人みたい。いい、ロラン?私は皇族、あなたは貴族。私たちに子供でいていい時間なんて短いの」

 僕は貴族の端の端の端の端くれですけどねと思いながらも口には出さないでおく。

「だから、今だけは子供らしくわがままやってもいいの!お父様だって、分かってて私の好きにさせてくれているんだから」

「僕はそういうわけには…」

 僕の親の立場はすごく弱いから、僕に何かあっても誰も守ってくれない。

「何かあったとしても、私の名前を言えば誰も何も言わないわよ」

 殿下がニコっと笑いながらそっと僕の髪を触ろうとする。だけど、僕はさりげなくそれを避けた。

「どんな顔をしているのか見たかったのに」

 殿下が小さく口を尖らせる。

 顔を見られたら本当に困るんだって。僕は魔法で髪の色と目の色を変えただけで、顔は変えてないんだから。宮殿で毎日のように初代皇帝陛下の肖像画を見ているかもしれない殿下が僕の顔を見たら、気がついちゃうかもしれない。

「まぁ、いいわ。ロラン、早く秘密基地を作りに行きましょう!」

 殿下は納屋の扉を開けて、キラキラとした笑顔を浮かべながら僕に手を差し出した。

「…太陽?」

「どうかした?」

 殿下は小首を傾げる仕草をする。

「笑顔が眩しすぎて…、あ、いえ、何でもないです」

 僕は変なことを言ったかもしれない。

「ロラン、さっきはありがとう。あなたがいたから、護衛を簡単に撒けたわ」

 なんだ、全部殿下の手柄じゃないって気がついていたのか。

「どういたしまして」

 僕は殿下の手を取った。

「私、あなたとはうまくやれそうな気がするわ!私たち、お友達になりましょう」

 この日、僕は太陽のような女の子と友達になった。



「……ルー!それは…」

 ルーが手にしているのは、俺が子供のころに書いた日記だ。日記といっても、母上の教育の一環で、文章を書く練習として小説風に書かされたものだ。俺が日記を書き上げるといつも母上が添削してくれていた。

「ロラン、ごめんなさい。全部ではないですが、読んでしまいました」

「無くしたと思ったのに、どうしてルーが持っているんだ?」

「昨日、イネスが遊びに来てくださいまして、面白い小説を見つけたからと言って貸してくださったのです」

 また、アイツか!くそっ!余計なことをしやがって!

「私、すぐにロランの日記だと気が付いたのですが…その…」

 ルーは眉を寄せて俺に申し訳なさそうな顔をする。

「いや、大丈夫だ、ルー。別に怒っていない」

 ルーに読まれて少々恥ずかしくはあるが、不思議とルーに怒りは沸かない。イネスに対しては滅茶苦茶怒っているけどな!

「ロラン、本当にごめんなさい。でも、私、あ、愛、愛するロランのことをす、少しでも、し、知り、知りたいと、思って、しまったんで…す」

 顔を赤らめながら途切れ途切れに言うルーが可愛すぎる!思わず、俺はルーを抱きしめてしまった。

「あの、ロラン。私、悪いことをしてしまったのですよ」

「イネスには後で説教するが、ルーは悪くない」

 俺はルーの長い金髪を撫で、彼女の髪をひと房掬い上げて毛先に口づけをする。

「いいえ、読まずにロランに渡すことだってできたのですから…」

 ルーの声が消え入りそうにか細くなっている。公務中の堂々とした皇太女殿下としての姿とは全く違う。そんなルーも大好きだ。

「俺だって、逆の立場だったら同じことをしたかもしれない」

「でも…私…人の秘密を覗くような…最低なことを…」

 ルーは俺への罪悪感から今にも泣きそうな顔をしている。そんな罰して欲しそうな顔をしなくても、いや、しかし…。

「そうだな、お仕置きが必要だな」

 そんなに俺に罰してほしいなら、罰してやろう。俺の言葉にルーの身体がわずかに震えた。

 俺は、すぐさまルーの顎を少し持ち上げて唇を重ね合わせる。ルーが抵抗しようがお構いなしだ。なぜなら、これはお仕置きだからだ。

 俺は、唇以外にも、額、頬、耳、首筋、指先と好きなだけ口づけをしまくった。場所によっては、少しやり過ぎたかもしれない。そして、最後にもう一度、激しく唇を重ね合わせた。

 ひとしきり俺になされるがままにされたルーが最初に発した言葉は「こ、これは、お仕置きになっていませんっ!」だった。

(終)

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男爵家三男の俺が皇太女殿下の婚約者って本当ですか????~大変ありがたいお話ですが、なかったことにできませんか~ BELLE @Belle_MINTIA

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