【番外編】(前編)男爵家三男の僕が皇女殿下のお世話係って本当ですか????~畏れ多いのでなかったことにできませんか~

「ロラン、お前に大事な仕事を与える。マリー=ルイーズ皇女殿下の世話係だ」

「…えっ?」

 僕は父上から何を言われたのか分からなくて、何も言えなかった。

 僕の名前は、ロラン・グランフルール・クローデル。先月8歳になったばかりの男爵家の三男だ。僕の家は、皇帝陛下のグランフルール本家の分家筋だ。でも、僕のご先祖様が二代目の皇帝陛下に悪いことをしたらしく、代が変わっても他の貴族からずっと嫌がらせを受け続けている。それにしても、僕のご先祖様は何をしてしまったのだろうか。

 『不義男爵家』って僕たちのことを馬鹿にしたような顔をして呼ぶ貴族がいるけど、どういう意味なんだろう?父上はいずれ話すと言っていたけど、なかなか教えてくれない。

 僕の家は領地が狭いし、儲けになるものもないので、あまり生活にゆとりはない。でも、お金持ちのクローデル伯爵家から僕の母上がお嫁に来たから、これでもマシになったらしい。父上が子供のころは明日の食事も困るくらいだったと聞いたことがある。毎日食事ができる僕はまだ恵まれている。

「動揺するのも無理はないか。大人の私でも驚きが隠せないんだ。皇帝陛下のご一家が夏の静養に利用していた別荘が現在改修中であるから、使えない。そこで、この夏はグランフルール分家の屋敷を別荘代わりに利用することが決まった」

 父上は胃のあたりを押さえてから、水の入ったガラス瓶に手を伸ばした。コップに水を入れて、いつも使っている胃薬を取り出す。子供の僕には良く分からないけど、父上は胃が痛くなるようなことが起きているんだと思う。

「それで、僕は何をすればいいんですか?」

 『世話係』って聞こえたけど、何をするんだろうか?

 僕は、病気がちなすぐ上の兄の世話も幼い弟たちの世話もしている。2歳年下の従妹のイネスの遊び相手にもなっている。皇女殿下は僕と同じ年の8歳だから、世話係って言っても僕が殿下の世話をするというより、一緒に遊ぶっていう感じかな。女の子の遊びと言えば、お人形遊びとか刺しゅうとかそんなところだろうか。 もしかしたら、遊ぶだけじゃなくって、一緒に勉強することもあるかもしれない。

「殿下は、見目麗しくあらせられるが、大変活発なお方で、勉強を投げ出してすぐ外に遊びに行ってしまうらしい。おかげで侍女たちが非常に手を焼いているそうだ」

 父上は胃薬を一気に飲んだ。飲む前も飲んだ後も、何か苦しそう。皇女殿下のお世話係は絶対に大変な仕事だという予感がする。イネスも元気な女の子だけど、いきなり外に飛び出すようなことはない。

「…僕で大丈夫ですか?外に出るのはちょっと」

 正直、僕は外で遊ぶよりも家の中で遊ぶ方が好きだ。それに外に出ると、兄や弟たちに何かあったときに困るので、僕は兄弟たちが見える位置にいるようにしている。

「お前が気にしているのは、兄弟たちのことだろう?この夏の間だけは、クローデル家の使用人を借りるから、それは気にしなくていい」

「分かりました、父上。では、クローデル家の使用人さんたちが困らないように引継書を作っておきますね」

「引継書なんて、どこで覚えたんだ」

 父上の片方の眉がピクっと動いた。

「やだ、うちの子、異世界からの転生者?それとも、人生何周目?」

「ん?なんだそれは。お前の書いた小説の設定か?」

 いきなり部屋に入ってきた母上に、父上がぎょっとする。

「私の小説っていうわけじゃないんだけど…」

 僕の母上は小説家で、最近人気が出てきて忙しい。宮廷で起きた事件を怠け者の侍女が解決していく推理小説が大当たりして、母上はその続編を朝から晩まで書き続けている。今日も母上は、部屋にこもってその小説を書いていたと思う。その証拠に母上はインクで汚れた手で原稿用紙の束を握っている。それと、目の下にクマがあるから寝ないで書いたんだろうな。

 そんな母上が言うには、最近、異世界から転生した主人公が活躍する小説や何かの事件や事故に巻き込まれて亡くなった人が過去の自分に戻って人生をやり直すという小説が人気なんだそうだ。この手の小説は、商家のお金のある家の子供たちが特に好んで読んでいるらしい。貴族の子供たちも読みたがっているらしいけど、俗物的な本を読むものではありませんと言われて、親から止められているんだそうな。

 それと、転生した主人公の小説を読むと、片目を押さえながら『俺の内なる力の暴走が抑えきれない!』と叫ぶ少年、だいたい14歳くらい?が最近増えているみたい。大抵の子は、魔力を持っていないから何の力が暴走しているのだろう?

 ちなみに、僕は魔力を持っている。一昨年から魔法使いのおじいさんから魔法を習って、自分の魔力を調節できるように訓練している。僕は結構な魔力を持っているらしいけど、無理なことをしなければ暴走することはない。

 あと、『前世の記憶が頭の中に入り込んでくる~!』と叫ぶ子もいるらしい。これでは、体裁を気にする貴族社会では読ませられないのも仕方ないと思う。

「ロラン、悪いんだけど、この原稿の校正をお願いしてもいいかしら?」

 母上は僕に原稿用紙の束を渡そうとした。

「待て!お前、ロランにそんなことを頼んでいるのか?」

「この子、言葉をよく知っているし、指摘も的確なのよ。もう少し大きくなったら、取材旅行に同行させようかしら?」

「デジレ、この子はまだ子供なんだぞ」

「だから、今すぐってわけじゃないわよ」

 ああ言えばこう言う母上だった。僕が、生まれた家のせいで仕事につけなかったら、母上の助手になるしかなさそうだ。

「ロラン、お前には苦労を掛けてばかりで済まない」

 父上が軽くため息をついてから、僕の肩にポンと手をのせてきた。

「それにしても、ロランって子供っぽくないのよね。ごめんなさい、悪口じゃないのよ」

 母上が僕を見て気まずそうな顔をする。

 僕が子供っぽくないのは、母上のせいもあると思う。母上は小説を書くのに忙しくて、家のことをほとんどやっていない。ただ、最近、母上の小説が売れてきて、生活費のほとんどを出してもらっているので、それが悪いことだとは言えない。

 母上以外に他にだれが家のことをするのかというと、僕の一番上の兄は剣と鍛錬しか興味がないので、任せられない。二番目の兄は、勉強熱心な読書家だけど、病気がちで誰かが世話をしないといけない。そうなると、僕しかいない。というわけで、僕は主婦兼乳母兼助手という不思議な子供になってしまった。

 貴族なら使用人がいるだろうと思うかもしれないけど、領地の屋敷に執事、使用人、メイドが一人ずつ、ここ(クローデル家の屋敷の一部を借りている家)には使用人一人しかいない。なので、僕をほぼ手伝ってくれる人はいない。

 それと、僕の家はあまり評判が良くないから、僕が大人になったときに苦労しないようにグランフルール分家にいる大人(食客とかいう人達?)から色々と教わっている。おかげで、いろんなことを知っている不思議な子供になってしまった。

 僕は器用みたいで、少し教えてもらうとすぐに自分のものにできてしまう。僕の家に居候している大人たちから将来は魔術師か?学者か?いや、剣の筋もいいから冒険者として活躍できるかもしれないと期待されている。

 でも、僕は『目立たず、堅実に』という家訓を守って、地味に生きていきたいと思う。もし、できることなら、誰かをそっと陰で支える大人になりたい。



「話が逸れたが、この夏の一か月、ロランにはマリー=ルイーズ皇女殿下のお世話係をしてもらう」

「それなら、僕じゃなくてイネスの方がいいと思うんですが」

 僕にはお転婆なお姫様のお世話なんて無理だ。それに女の子同士の方が一緒に遊べることも多いと思う。

「いや、イネスはまだ幼い。皇女殿下と喧嘩でもしてピーピー泣かれたら、当家だけでなく、クローデル家も危ない」

「はぁ、…それで僕ですか」

 それはそうか…。皇女殿下がわがままを言ったら、年下のイネスではうまくできっこない。

「分かりました、精一杯頑張らせていただきます」

 もはや僕にはそれしか答えられなかった。

「ありがとう、ロラン。本家から、皇女殿下の人となりや、気を付けてほしいことを説明するからよく聞いてくれ」

 こうして僕は皇女殿下の世話係…いけにえ?になることが決まった。

 父上からの話を聞けば聞くほど、僕は頭が痛くなってきた。。皇女殿下、お転婆過ぎて僕には無理!無理、無理、絶対無理!

 何もかも投げ出して、家を飛び出したい!しかし、家族を見捨てるなんて僕にはできないから、それも無理!

「……以上だ。最後にこれだけは気をつけてくれ。決して、本当の姿を見られることのないように」

「承知しました、父上」

 僕の本当の姿は青い髪と金と銀のオッドアイ、初代皇帝とそっくりの顔と色だ。だから、いつどこで僕の姿を悪用する大人がいるか分からない。

 家族なら大丈夫かというと、そうでもない。父上から、クローデル家のお祖父様に絶対に見せてはいけないと言われている。なぜならば、お祖父様がそういう大人だから。そんな大人たちに利用されないために、僕は生まれたころから癖のある黒髪に冴えない灰色の目に姿を変えている。

 僕は一生、この姿を見せるつもりはない。僕が目立ちたくないのは、家訓を守っているからだけじゃなく、僕の外見も理由の一つだ。



 1か月後、暑い暑い夏がやってきた。帝都で過ごすのは確かに暑い。夏の間は高地にあるグランフルール分家の領内にある屋敷で過ごすのが一番だ。皇帝陛下たちが来るのは気が重いが、早く領地の屋敷に行って涼みたい。僕ら一家は、二番目の兄の体調やまだ幼い弟たちの体力を考えて、ゆっくりと数日かけて領地の屋敷にたどり着いた。

「ロラン、起きなさい。屋敷に着いたぞ。」

 僕はいつの間にか眠っていたみたいだ。父上に起こされて、僕はすぐに馬車から降りた。グランフルール分家の屋敷は、屋敷というほど、そんなにすごいところでもないけ…ど?

「父上?屋敷がきれいになっていますが…」

 僕は、信じられなくて、屋敷の中と外を何度も出入りした。

 おかしいな、僕の記憶では古い屋敷だったはず。天気の悪い日に入ったらお化けが出るかもしれないボロボロ具合だったと思う。

 なのに、僕が目にしている屋敷はそんな記憶と全く一致しない。外壁が磨かれ、壁紙も新しく貼りなおされ、屋敷の調度品も入れ替えられているし、玄関周りは夏の草花がきれいに咲いていた。

「あぁ、皇帝陛下のご一家が滞在されるから、失礼のないように1か月かけて改装した。グランフルール本家の別荘ほど、大規模なものではないが」

「そのお金はどちらから?当然、本家からですよね?」

「……グランフルール分家からだ。あと、クローデル家からも少々」

 父上が胃のあたりを押さえながら、答えてくれた。そんな父上を母上が背中を優しくなでる。

 待って、待って!そんなのひどすぎる!

 母上の小説の稼ぎや父上が領地経営を頑張ったおかげで、やっと借金を返す目途がたったところだったのに。

 来なくてもいい、皇帝一家のせいでまた借金生活に戻されてしまった!

「おのれ!皇帝一家め!許すまじ!」

「まぁ。ロラン、どこでそんな言葉を覚えたの?でも、駄目よ、そんな失礼なことを言ったら」

 母上がしゃがんで、僕の両頬にそっと手を添えた。僕がどこでそんな言葉遣いを覚えたかと言うと、母上の小説だ。

「そうだぞ、ロラン。これも運命と思って諦めるしかない」

「分かりました。僕はこれから一か月の労役に耐えて、皇帝陛下からお小遣いをもらえるように頑張ります」

 こうなったら、少しでも多く皇帝陛下からお金を回収してやる!

(後編に続く)

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