おまけ その後の二人

 マリー=ルイーズ皇太女殿下と婚約して約半年が経とうとしている。ほぼ庶民の俺もさすがに彼女の婚約者であるという自覚が備わってきた。

 二月の終わりともなると、陽が長くなっているがまだまだ寒い。春が待ち遠しい。サフィール宮殿の庭には色とりどりの花が咲くらしい。しかし、春には俺とルーの結婚式が控えており、俺たちはここしばらく通常業務をこなしつつも、結婚式の準備に追われている。

 今日も俺とルーは結婚式当日の進行について打ち合わせをしている。

「ルー、さすがにお色直し五回は多すぎるんじゃないか」

 俺は結婚式当日の進行表を確認しながら、我が婚約者に指摘する。

 結婚式当日、俺とルーは朝早くから帝都の主要な道路を馬車で回り、昼前に大聖堂で結婚式を挙げ、サフィール宮殿に移動して披露宴を行うことになっている。披露宴では各国の招待客が代わる代わる挨拶に訪れるため、夜遅くまで掛かることになる。ほぼ一日仕事ではあるが、お色直し五回はあまりにも多過ぎる。

「そんなことはありません。私は十回がいいと言ったのですが、セリーヌからそれは多過ぎると言われたので泣く泣く五回にしたくらいなのです」

 俺の指摘にルーがすかさず反対する。長年ルーの女官として働いているセリーヌでも五回に減らすのが限界だったのか。

「えっ、十回って…。ルー、正気か??」

「私は正気です!だって、私……」

「だぁれが男の着替えを見たいと思っているんだ!」

 そう、このお色直しは俺単体の着替えの回数だったのだ。

 ちなみにルーは二回ということになっている。結婚式の前に一回、披露宴の前に一回という実にシンプルなものだ。披露宴自体、かなり長いので休憩を挟む名目でもう一回お色直しをしても悪くはないと俺は思う。

「ロラン、私は見たいです!お着替え中のロランも見てみ…ゴホンッ!と、とにかくロランに着てもらいたい婚礼衣装がいーーーーーっぱいあるのです!」

 一瞬、不穏な発言があったような気がするが、気にしないことにする。

「ルー、そんなにいっぱい用意したら予算の無駄遣いじゃないのか」

「いえ、そんなことはありません。ロランの恰好良さを帝国内外に知らしめる良い機会だと私は思います」

 確かに、俺自身の見た目は悪くはない。美丈夫と誉れ高い初代皇帝の生き写しのような外見をしているからだ。しかし、俺は長年をその姿を隠して冴えない風体で生きてきたため、自分の外見に自信を持てないでいる。

「女帝になるルーを着飾るのは権力の象徴としての役割があると思うが、俺はルーの添え物に過ぎない。だから、俺は不評を買わない程度の衣装で十分だ」

 俺は進行表に手を入れて、俺のお色直しの予定をバッサリと削除する。そして、しれっとルーのお色直しを一つ追加した。俺が手を加えた進行表を見たルーは実に不満そうだ。

「これで進めるようにセリーヌに渡しておこう」

「ロラン?結婚式には花嫁の夢や希望が詰まっていると聞いたことはありませんか?」

 ルーは突然、上目遣いを俺を見つめてきた。

 うわっ、可愛い!正直言って、俺は上目遣いのルーの表情に弱い。

「聞かないこともない、かな?」

 結婚式は夫婦の絆を深めたり、両家の結びつきを強くするなどの目的がある。それだけでなく、結婚式には女性の晴れ舞台という側面もあるから、女性は人生で一番美しく着飾ることになる。ウェディングドレスを着た花嫁に憧れる年頃の女性はたくさんいるだろう。男性よりも女性の方が結婚式にかける熱意は強いだろう。もちろん、家同士の都合だけで結ばれた結婚ではそうならないかもしれないが…。

「ならば、私の夢と希望が多少なりとも反映されても問題ないですよね」

 ルーは目を瞬かせ、長いまつげが何度も揺れる。いつも以上に色っぽいが、この後、嫌な展開が待っているのを肌で感じる。

「程度によると思うけど」

 下手に頷かない方がいい。一応保険を掛けておく。

「私の希望は、ロランにたくさんの婚礼衣装を着ていただいて、ロランの隣でときめきたいのです!」

 そうだと思ったよ。俺の婚約者様は、俺にベタ惚れにも程がある。十年以上想い続けた情熱は衰え知らずだ。

 国民全員、俺のファッションショーなんて見たくないだろう。同じやるなら、帝国のアイドル、ルーのファッションショーの方が世間の需要に適っていると思う。

「ですので、ロランのお色直し五回は譲れません」

「ルーの希望はなるべく叶えてあげたいけど、国費の無駄遣いは避けたい」

「では、仕方がありません。私のお色直しはなしということで」

 どうしてその結論になる。もはや、ツッコミを入れる気力もない。

 あれ?なーんか、この展開をどこかで見たような気がする。何だったか…。そうだ!イネスに無理やり読まされた『オネェ系次期公爵様は地味ダサ令嬢を着飾らせたい』と同じだ。お洒落が好きなオネェ系の次期公爵様がヒロインをこれでもかと着飾らせて自信をつけさせ、なんやかんやあって二人が結ばれて結婚式に次期公爵様主導でヒロインをファッションショーばりにお色直しをしていたはずだ。

 だが、俺は地味ダサ令嬢ではない!ただの貧乏男爵家三男だ。男を着飾らせてもルー以外誰も喜ばない。なので、この展開は阻止したい。

「どうかしましたか?」

 ルーが俺の顔を覗き込む。

「なぁ、ルー。君は帝国の統治者になるんだよな?」

「ええ、そうですね」

「俺達の結婚式は帝国全体の希望をなるべく反映したものじゃないといけないと思うんだ」

 俺の言葉にルーは静かに頷く。

「帝国の絶対的なアイドルである、ルーのドレスが一種類では、国民全体から恨まれることになる。対する俺が何度も着替えていては国民から石を投げられる事態が発生する。ルー、国のためだ。諦めてくれ」

 俺は訂正済の進行表の欄外に承認のサインを入れた。さすがに『国』を主語に出せばルーも無茶なことを言わないだろう。

 すると、ルーは口角をキュッと持ち上げ、作り笑顔を浮かべた。これは絶対悪いことを考えているに違いない!

「分かりました。では、ロランも帝国のアイドルになれば問題ないですね」

「えっ?」

 ごめん、ルーの意図がまったく読めない。

「結婚式まで期間は短いですが、ロランの印象を良くして、アイドルに仕立て上げます!」

「ルー、お願いだ。それは止めてくれ。俺は目立たず、地味に堅実にルーを支えたいんだ。それに、俺はルーと結婚できるだけで幸せなんだから」

「幸…せ?ロラン、なんて嬉しいことを…」

 ルーの顔が見る見る紅潮してくる。よし、もう一押しだ。俺はルーの頬に口付けをした。

「あぁっ!ロラン、これ以上はいけません」

 ルーはそっと俺の口を手で押さえる。しかし、ルーの顔は若干とろけており、理性をかき集めて何とか耐えようとしているのがありありと分かる。

「ロランの気持ちは分かりますが、帝室全体の印象を良くする必要があるのです。これからはロランを前面に押し出して国民の皆様に愛していただかないと」

 それで、アイドル化されてもなぁ。俺は隠すことなく嫌そうな顔を浮かべた。

「というわけで、ロラン。これからは外交に慰問にバンバン出てもらいますからね!」

 嫌そうな顔をしている俺を無視して、ルーは結婚式までの予定にどんどん手を入れ始める。それだけにとどまらず、結婚式の進行表にも手を入れ、元の案に戻そうとする。

「ルー、やっぱり五回は多過ぎると思うんだ。せめて…」

 その後、何度も協議を経た結果、ルーのお色直しを三回、俺のお色直しを四回で決着した。俺の方が多いのが全くもって解せない。

(終わり)

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