第8話 今も夢の中に

「とりあえず、お名前は?」


 尋ねると、目の前の少女は、腕に抱えていた母親を、そっと地面に下ろした。


「……ゆら、ぎ」


 掠れる小さな声だが、確かにそう聞こえた。家に入る前の表札には、『火口』とあった。


「ふむふむ、火口ゆらぎさん、ですね?」


 まぎかが問うと、ゆらぎはうなづいた。


「——して、……ったの?」


 掠れた声は、どうして分かったの? と聞こえた。

 まぎかは花開いたように、ぱぁと笑顔になる。


「ふふ、ふふふふふ。それはですね」


 こぼれた笑みが、どこか変態じみている。ゆらぎのジトッとした視線を浴びながら、まぎかはその視線を気にせず続ける。


「私はまず、炎の現れた位置から、二つ結びの女の子こそが、魔法少女であると思いました。けれど、彼女は違いました。そもそも、炎の現れた位置は、蜃気楼によって偽装されていたのです!」


 まぎかの蜃気楼の説明を聞く。間違いなく、ゆらぎのやったことだった。問題は、そこからだ。そこから、どうやってこの部屋までたどり着いたと言うのか。


「けれど、偽装された位置から放たれた炎も、また偽装されたものだった。少女の立ち位置をうまく利用しましたね……。人間は、自分でたどり着いた答えをつい、価値があると、真実だと思ってしまうもの。

 かくいう私も不覚ながら、あのショートカットの少女を小一時間問い詰めてしまいました」


 まぎかの真横の空気が歪み、ポチャが現れる。


「小一時間っていうか、ほとんど半日がかりだったよね。まぎか、半泣きだったよね」

「うるさいですわ」


 決まり悪そうに言い捨ててから、まぎかはゆらぎを見た。彼女の視線は、間違いなくポチャに向いていた。


「うふ、やっぱりあなたは本当に、魔法少女ですのね!」


 まぎかが嬉しそうにいった。

 ゆらぎはポカンと口を開けた。その口調が、まるで、たった今確信した、という様子だったからだ。


「……と?」


 どういうこと? と聞こえた声に、まぎかは恥ずかしそうに頬をかく。


「いやぁ〜……、その子が違うって分かってから、考え直しましたの。


 炎の魔法を使ってブラックリンを倒すには、見えている必要があるでしょう? でも、私から見えている位置には、誰もいなかった。だから、魔法の有効範囲で、かつあの通りが窓から見える家、かつ、あの時間帯にその家にいた人、が容疑者になると思ったの。

 それと、やっぱり魔法少女って言ったら10代かなぁーと思って……」


「二つ結びの子に近所の公立高校の制服を借りて、家を巡ったんだよねー」

「!!! ……ぶし!」


 しらみ潰し、と放たれた少女の驚きに、赤面する。


「うんうん、わかりますわ。こう、かっこよく犯人を見付けたかったのだけれど、最終的には力技でしたわ……」

「マア、ある時は同級生、ある時は先輩、ある時は別の進学先に行った友人。君のコミュ力には驚いたよ」

「家に誰もいない時や、子どもがいない家は間違えましたで、楽だったんですけどね……」


 しみじみとした口調でまぎかが言った。

 ゆらぎは衝撃を受けていた。


「いや、でも……!」


 やっと、まともに発音することが出来た。


「あの、そっ……の!」


 けれど、言葉をうまく伝えることはできずに、ゆらぎは傍らの壊れた扉を指差した。

 まぎかは、ああとうなづいた。


「ごめんなさい……、あれは、そう、ノリで」

「ノリ?」

「1年引きこもっていると聞いて、引きこもっているならあの時間確実に家にいたということになるし、魔法少女の確率も高いかなぁ……と。でも、母親とも顔を合わせていないと聞いて、じゃあ普通にやっても私が会えるわけないし、扉破壊するしかないわね、って」

「っ……わ」


 怖っと、心底恐怖の表情をゆらぎは浮かべた。


「し、仕方がないんですわ! 格闘タイプの魔法少女は、手段がない時は力技ですの……! そ、そもそも、あなたが普通に名乗り出てくだされば、こんなことには……。どうして、魔法少女であることを、隠していたのです?」

「……っれは……」


 だってそれは、


「……つうに、……ずかしいし」


 普通に、恥ずかしいし。

 その言葉を言われたまぎかは、ぽかんとした表情を浮かべた。

 そして、勢い良くゆらぎの両手を掴む。


「どうしてですの⁉︎ だって、魔法少女って、こう、素晴らしくありません? 可愛くて、強くて、心根は真っ直ぐで——素敵じゃないかしら!」


 きらきらの瞳が、ゆらぎの顔に近づいてくる。まぎかが捲し立てる魔法少女の素敵なところを聞きながら、ゆらぎはぼんやりとその瞳を見ていた。

 ——この瞳には、見覚えがある。

 1年よりずっと前に、鏡の中で。

 火口ゆらぎは、アイドルになりたかった。

 画面の中で、ステージの上で、笑顔を振り撒き、見ているものに元気を与える。

 ゆらぎはアイドルが大好きだった。


 アイドルになる! と周囲に宣言して憚らず、ゆらぎちゃんなら可愛いし、絶対なれるよ! と応援された。

 中学生になると、両親を説得して、すぐにオーディションへの応募を重ねた。

 しかし————結果は、落選に次ぐ、落選だった。

 応援するよ、と言っていた周囲の目が、また落ちたの? という嘲笑に変わっていったような気がした。

 ゆらぎは、自分の周りの世界が怖くなった。

 だから、部屋から出なくなったのだ。



 この子はまだ、夢の中にいるんだ————。



「ねえ、だから、私と一緒に、魔法少女になりません⁉︎」



 言葉に乗せられた熱意に、思わず、ゆらぎは小さくうなづいてしまった。

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魔法少女はこの中にいる! 愛良絵馬 @usagi02

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