(回答)トモゾウ シンカワ  

「アロアロハー!」


 応接室に入ってきたシンカワ氏は、色とりどりのサイリウムブレスレットを右腕につけていた。僕と目が合うと、右手をあげて、いま流行りのグリグリポーズをとる。

 頭にはふわふわのウィッグをつけ、シャツも第二ボタンまではずしている。


(80歳というのに何を目指しているんだ?? ここは笑うべき? 褒めるべき??)


 僕が固まっていると、もう一度「アロアロハー!」といって、今度は両腕を交差させてポーズをとりなおした。


 ・・・・・


 気まずい沈黙が流れる。


「! こういうときは、アロアロハー!って返すんじゃぞ。アロアロハー!」

「………アロアロハー……」


 (別の意味で胃が痛くなりそうだ)


「ん? 若いのに元気がないのー。そういう時は、これをやろう」


 シンカワ氏は自分の右腕につけていたブレスレットを一つ、ニカっと笑って僕にくれた。今の時代、珍しい金属歯が顔を見せる。


「このハッスルレッドレッドで、気分もあげあげじゃ!」

「…しかし……」

「遠慮せんでいい。そんな辛気臭いままだと部屋の中までじめじめーとカビが生えそうじゃからの。カビだけにカピカ―ってか!」というと、今度は自分の頭のウィッグを左手で外した。


(やっぱり、ここは笑うべき??)


 僕はつるつるの頭部を凝視するわけにもいかず、かといって、笑い飛ばす勇気もなく、仕方なしに、ブレスレットを手にとった。シンカワ氏がつけてみろと顎で催促

してくる。僕は仕方なく、ブレスレットを腕にはめた。蛍光色の赤はキラキラと輝いている。


「ふむ。似合っとる。やはり若いというのはいいのう。えっと――、名前はなんだったかな?」

 

 ため息をつきそうなのを必死にこらえて、僕はネームタグを持ち上げた。


「スコティッシュ・フォールド社のヒロ ポポスと申します」

「堅苦しいのはなしじゃ。ヒロロン」

「ヒ? ヒロロン?」

「そうじゃ。わしのネーミングセンスはサイコーじゃろ?」


 シンカワ氏が自分の言葉に満足そうにうなづいた。


 (いやいやいや)


 僕は、愛想笑いを浮かべて心の中で否定する。


「今という時間は今しかない。明日は生きていないかもしれないのじゃ。少しでも楽しいことを探して生きなくては損じゃろ? 名前だって楽しい方がいい」

「……はぁ……」

「で、ヒロロンは、なんのようで来たのだ? ミサエは口やかましいのが難点じゃが、若くしてもらったから満足してるぞ?」


 シンカワ氏はソファに座ると、僕に座るように顎ですすめた。


「――今日は、ドールの更新について、お話に伺いました」

「堅苦しーいいかたは、なしなしナシゴレン」

「ドールのことで来ました」

「ん? だから、ミサエなら元気にしとる。問題なしじゃ。ああ、そーそー、元気ピンピンすぎて口やかましいのは何とかしてほしいかのぉ。あそこまで美沙江に似せなくてもよかったと今更こーかいゆーかい中~」


 絶対にわかっているのにはぐらかしている。そう感じた僕はシンカワ氏の言葉を無視して自分の言いたいことを伝えることにした。


「ドールは最初の1年間は無償提供いたしましたが、リース延長契約する場合は月5万リーブラかかります」

「わしは明日、死ぬかもしれんしなぁ……サブスクタスクスクスクはしない主義なんじゃ」

「スクスク??」

「I don't use subscription services」


 髪の毛がないのに、髪の毛をかきあげるしぐさをする。


「そうですか。しかし、お支払いいただけない場合は、本日回収させていただくことになります」


「だめだ!」


 今までおちゃらけていたシンカワ氏が突然真顔になって怒鳴った。怒鳴った途端、バツが悪くなったのか、へへへっと頭をぺしりと叩いてみせた。


「だめっちゃ。ヒロロン」

「…………、それでは、とりあえず、今月分の月5万リーブラをお支払いいただいて、来月また更新の相談をすることにしますか?」

「オッケー、ホッケー、コケコッケー」


 シンカワ氏は、人差し指でマルを作るとにかっと笑った。


「ではお支払い方法はいかがしますか? 電子マネーならばすぐにお支払いできますが」

「ノーノー、ノーブラ、ヌーブラ」

「はい?」

「金はミサエが管理しとる。年寄りは他人に騙されて金をすぐ払うからな。てへっ」


(いやいやいや。これは正当な取引です)


「それでは、ミサエさんにこの請求書を渡して支払ってもらうことにします」

「オッケー、ホッケー、コケコッケー」


 ニカっと笑顔で答えたシンカワ氏だったが、はたと気がついたように、ぺしりと頭をたたいた。


「そうじゃった! ミサエは、さっき買い物に出かけてしもうた。だから、請求書を置いて、今日のところは帰ってくれんか?」

「それは……」

「それに、今月はあと8日もあるじゃろ。その間に支払えばいいのじゃろ? な? な?」

「しかし……、すでに、無償期間は過ぎていまして……」

「そういわんと。わしとヒロロンの仲じゃないか」


 シンカワ氏が自分の腕にはまっているブレスレットを、僕の右腕のブレスレットにこつんとあてた。


「約束の証に、ブレスレットを持って帰ってくれて構わんから……げほげほげほ……、ああ、………、喉に………げほげほげほ、……、ああ……、そろそろ、薬を飲まん………」


 シンカワ氏がせき込み始めた。


 げほげほげほ げほげほげほ げほっん げほっん


 咳のし過ぎで涙目になったシンカワ氏が、胸を押さえ、肩で息をしている。


「だ、大丈夫ですか?」

「…………、薬が切れてきたんじゃ。薬を飲まないとミサエに叱られるわい。ということで、今日のところは帰ってくれ」





 ―――― そういわれてしまっては、僕はすごすごと帰るしかなかった………。


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