『威厳はあるが軽薄な爺さん』
(お題)『威厳はあるが軽薄な爺さん』
「ハアぁ……、チミには失望したヨ」
僕の机の前で、キツネ目の上司がこれみよがしにため息をついた。さっきから、上司は遠回しな嫌味をチクチクと言い続けている。
「チミはデキル営業だと思っていたんだケド? いわれたお使いもできない子どもだったと、私は認識を改めなくてはいけないのカナ?」
「……」
昨日のハイスクール生の回収が上手くいかなかったのは、僕が保証人である保護者についてのリサーチ不足のためと報告したからだ。
「それで、サワタリ氏とは連絡をとったのカナ?」
「…………これからです」
「ほお? 私は、チミは年齢に見合った行動をする人間だと思っていたんだけどネェ……」
「……………」
「チミは、『時間は有限である』と知っているカナ?」
「……はい……」
(仕事が遅いと直接的に言えばいいのに……)
きりきりきり……と胃が痛む。僕は、上司から視線をずらして床を見る。あいかわらず、ツルツルピカピカだ。
コホンっとわざとらしくキツネ目の上司が咳ばらいをした。僕はあわてて、視線を上司に戻した。
「ヒロ君、人間は誰しも平等に歳をとっていくものですヨ」
何を思ったのか、天使の笑みを浮かべて上司が話し出した。
はあ?っと思わず聞き返そうとして、僕は慌ててごくりと唾を飲み込む。
上司は、右手をゆっくりとあげると指先に視線を向ける。左手は胸にあてている。すごく芝居くさくて、胡散臭い。そして、自分の言葉に酔うように、抑揚をつけて天井に向かってしゃべった。
「……魅力的に年を重ねるということは、人生経験を積み、他人の良いところ、悪いところを理解し、人としての器が大きくなっていくコト……」
「はあ……」
上司の言葉裏を考えながら、僕はあいまいに相槌をうった。
確かに、歳をとることはなんとなくネガティブにとらえられるものだ。
外見だってそうだ。しわが増えたり、白髪になったり、髪が薄くなったり。
だがそういうものを差し引いても魅力的な老人はいる。
話が面白かったり、的確なアドバイスをくれたり、優しく怒ってくれたり。
年月を重ねることでしか生まれない、ワインのように熟成した精神とでもいえばいいだろうか。
上司は「まあ、チミは違うようですがネ」と嫌味を付け加える。そして、視線を僕に戻し、目の奥に悪魔の炎をちらつかせて続けた。
「……でも現実は必ずそうではありませんネ。むしろ歳をとることで意固地がすぎたり、わがままになったり、威張り散らしたり……、まわりにとって迷惑極まりない御仁のなんと多いことカ……」
何を憂いたのか、上司が、はああっと大げさにため息をついた。
(いやいやいや! そのセリフを言っている上司自身、その典型的な例だろ?? ため息をつきたいのはこっちだ)
「歳をとったからこそ魅力的になる、そんな歳の取り方をしたいものですネ」
(いやいやいや。その言葉をあんたが言う??)
僕は心の中で全否定をする。
(毎日毎日、飽きもせず、僕に嫌味を言いにくるじゃないか)
「それで、今日は、ヒロ君は誰に会うつもりなのカナ?」
「トモゾウ シンカワ氏 80歳 大手機械メーカーの顧問 亡くなった奥さんに似たドールをリースしている方です」
「ほぉ……。それで、その方は魅力的に年を重ねた方なのか、そうでない方なのか、どちらなのカナ?」
「……どちらかというと後者かと……」
そうなのだ。シンカワ氏は、熟成とは無縁のなんとも軽薄な感じがする人だった。
いつまでも気が若い、と言えばそうなのだが、それ以上になんかまったく重みがない人なのだ。
「ほぉ? 後者というと?」
「むしろ子供がえりでもしているような方でして……」
「それなら、チミと話が合うじゃないか」
キツネ目の上司が細い目をより細めて、口角をあげた。そして、急に表情をなくすと、僕の肩を力いっぱい叩いた。
「今回は、きちんと更新料を払ってもらうか、ドールを無傷で回収してこい!! わかったな!!」
そういうと、僕から離れていった。
解放されたのはいいのだけど、思いっきり叩かれた肩がじんじんする。
かくして僕は相変わらず憂鬱をずるずると引きずりながら、今日も顧客のもとに足を運ぶのだった。
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