(回答) ルチル サワタリ 14歳 

 

「ヤダァ こえ! チョーウケる!」


 運ばれてきたライムグリーンの飲み物にきゃぁっと黄色い声をあげたのは、ルチル サワタリ。

 第四セクターにあるハイスクールに通っている14歳の少女。

 


「ヒロシャンも飲んでみる?」という彼女の問いに、僕は「いえ、結構です」と張りつけた笑顔で答えるのが精一杯。


 僕が困り果てている理由はいくつかある。


 まず、待ち合わせしたこの喫茶店。ポップでカラフルなんだけど、どこかいかがわしい。セミクローズの個室からは、ウフフとかアハとか赤面しそうな甘い声が漏れてくる。14歳の少女がどうしてこんな場所を指定したのか、僕の理解を超えている。

 次に、目の前に座っている彼女。短いスカートに、ピチピチのTシャツ。ビビッドピンクの長い爪。真っ赤な口紅にたぬきのように真っ黒なアイライン。去年、リース契約した時と姿も顔も変わってしまった。あの時は、おとなしそうな子だったのに、今はケバケバしいギャル。


「やだー。もう、ヒロシャン、ノリ悪すぎー」


 アルコールを飲んでいるのかと思うほどの陽気な彼女に、僕はあからさまに眉を寄せた。


「クー、このおじさん、ひどくなーい? ルチ、ゲキ怒しちゃってもいい?」


「ルチハ、オコッタカオモ カワイイ」というとドールは、彼女の頭を優しくポンポンと叩いた。


「もう、クーったら……」と言いながら、彼女は黒いスーツのドールに抱きついた。ドールは、そんな彼女の長い髪に指を絡ませて、髪に口づけを落とした。


 (なんだ、この展開)


 ベタな恋愛漫画さながらのやり取りが目の前で展開されていて、僕はげっそりとして油が浮いているコーヒーに口をつけた。


 (ぐっ、まずっ)


「……あのサワタリさん」

「ルチでいいわよ。ヒロシャン」っと彼女は鼻に皺を寄せて小さく抗議する。


「あの、ルチさん」

「なあに?」

「このまま更新料を支払ないと、ドールを回収して帰ります」


 僕はドールを強制停止させることができるチップを見せる。

 彼女は「やだ」と即答すると、ドールにぎゅっとしがみついた。


「じゃあ、更新料のお支払いを」と言うと、今度は恨めしげに僕を睨みつけた。


「……、ヒロシャンも、ルチとクーの邪魔する気なのね!」

「?」

「大人はいつも子どもに干渉したがるもの。恋愛にうつつを抜かしていないで、勉強をしなさい。そう言いたいんでしょ?」

「そうじゃありません。ドールのリースは契約です。契約を守って欲しいだけです」

「クーといたかったらお金を払えだって? ヒロシャン、かっこいい顔をして、そんな鬼みたいなことを言えるわね。ルチから巻き上げる気なの?

 大体、ルチがお金を持っていると思うの? ルチ、まだ14歳よ? 未成年はお金なんて稼げないわ」

「それでは、ドールを回収します」

「いやよ」

「じゃあ、更新料をお支払いください」

「……、一応ね、ここに来る前にママにお金ちょうだいって言ったんだよ? でもね、ママは、ドール代なんて払わないって言うんだ。パパからの誕生日プレゼントだったのに!」


 そうだった。このドールのリースの時、最初に契約の場に来たのは、この少女と父親だった。父親が保証人になって、少女が契約した。僕が一年前のことを思い出している間、彼女は、母親への文句を言い続けていた。


「………、それにね、ママはね、クーのことを認めないんだって。もう、嫌になっちゃう。今は、多様性の時代よ? ……、ねえ、14歳は恋愛しちゃいけないの? 人を好きになるのに年齢とか、性別とか関係ないのに!」


 僕は仕方なくまずいコーヒーを砂糖とミルクを入れて口に含む。彼女なりの正論だろうが、論点はそこではない。


 更新料を払うか、払わないか。


 それさえはっきりすれば、14歳だろうが7歳だろうが恋愛しても構わない。


「ルチさん、あなたの言いたいことはわかりました。お母さんの事情も理解しました。それで、保証人であるお父さんはなんて言っていますか?」


 僕の言葉に彼女はギョッとした顔をして、僕から慌てて視線を逸らせた。さっきまでの陽気で強気な表情が消えて、不安そうに視線を泳がせている。ドールは相変わらず、指に彼女の髪を絡ませたままだったが。


 しばらく黙っていたけど、彼女は、小さな声で、「…………、パパは出ていったの。ママのことが嫌いになったんだよ。きっと」と呟いた。


「?」

「ママは、みんなにパパは地球にお仕事で行ったって言っているから、誰も知らないの」

「……、そうだったんだ」

「そりゃそうだと思わない? ママったらね、バーサ生と会社員と女医さんとツバメ契約して、パパのいないところでいちゃいちゃしていたの。それがパパにバレちゃったんだと思う……」


 パーサ生と会社員と女医さんと、……、って三人とツバメ契約?


 そりゃ、旦那も怒るだろうな。


 ツバメ契約というのは、お金を払ってデートしたり、肉体関係を持ったりする契約だ。そんな母親もどうかと思うけれど、それも更新料の支払いとは関係ない。あくまでも契約は彼女で、保証人は父親だ。その父親が不在というとなると、契約自体難しくなるな。どう言えば伝わるか黙って考えていると、彼女はそれを同情だと捉えたようだ。


「いいの。いいの。そんな同情と困惑が混ざったような顔をしなくても。別にマがパパ以外の男とエロいことしていても、わたし、気にしないし」

 

 (そこは社会的には問題だけど、今はそこが問題じゃない)

 

「やだあ……。そんなことで黙っちゃって。……、もしかして、ヒロさんって、未経験?」と言うと、彼女はいいことを思いついたかのように、にやああっと笑顔を作った。


「じゃあさぁ。ヒロシャンがルチとツバメ契約して、クーのドール代払ってよ」

「は?」

「ルチ、割と胸あるよ? 感度もいいよ?」

「いやいやいやいや」

「どーしてー? 」

「僕は「ルチって、魅力ない?」」と彼女は上目遣いで僕をみた。わざとらしく彼女は足を組み替え、胸元で腕を寄せる。Tシャツの首元から、ちらりと白いレースが顔を覗かせる。


 ゴクリ。


 思わず、僕は音を立てて唾を飲み込んだ。


 ほんのりと甘い香りもしてくるような……気がする。隣の部屋から溢れてくる甘い声に、目の前がくらりとする。目の前の少女が蠱惑的に微笑む。ぷっくりとした赤い唇は甘くて美味しそうだ。


 いやいやいやいや。


「ヒロ………、シャン」


 舌ったらずな声が僕の名前を呼ぶ。僕の体が火照り始め、僕はもう一度ごくりと唾を飲み込んだ。


「ヒロシャン、試してみる?」


 赤い唇が僕のそばに近づいてくる。僕は思わず、目を瞑って、身を乗り出し———。


 



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