『明るくて傍若無人なギャル』

(お題)『明るくて傍若無人なギャル』

 翌朝、会社に行くと、セキさんは何食わぬ顔をして出社していた。

 セキさんに近づいて話をしようと何度か試みたけれど、失敗の連続。どうにもタイミングが合わない。


 (わざと?)


 チラリとキツネ目の上司を横目で見ながら、考える。


 (でも無理やり話をするには、ちょっと問題がありそうだしな)


 上司は、僕の場所から少し離れたところで、他の営業マンに絡んでいる。キツネ目の上司の声は、キンキンしているから少し遠くにいてもよく聞こえる。

 

「チミ、いくつカナ?」

「……1……」

「若さって、それだけで人を魅力的に見せるヨネー」

「……は……」

「時に無鉄砲、時に傍若無人、時に天衣無縫、そういうのって、若さのもつ魅力ヨネー」とキツネ目の上司が細い目を細くして、口角を上げた。それから目の奥に悪魔の炎をちらつかせて続けた。


「ケドネ、そこに自己顕示欲が絡みつくのも若さナノネ。今回のことも、チミが自分を必要以上に目立とうと、奇抜な行動に出てしまったのカナ?」

「……すみません」


 上司に嫌味を言われているのは、今年入った新人だ。


「何をやったんだ。あいつ……」


 僕の独り言を拾い上げて、隣に座っている同僚がチャットを送ってきた。

 

『あいつ、『キツネ目への逆襲』っていう日常とも架空とも言えない微妙な読み物をバーチャル空間にあげていて、それがバレたのさ』

『キツネ目への逆襲?』

『バレバレだっつーの。せめて、タヌキ目にすればよかったのにさ』


 そうか。ああ、それはなんか分かる気がする。

 なんとなく自分にも思い当たるふしがあるから。

 学生の頃、僕も気に入らない教官のことをおもしろ、おかしく書いたこともある。

 みんなが、GOOD!を押してくれるのが嬉しくって、どんどんエスカレートした内容を書いたような………、思い出したくもない学生時代の黒い歴史。

 頭がどうかしていた、としか思えない愚行の数々。


『でも、どうして?』

『キツネ目って、しょっちゅうエゴサーチしてんだぜ? この前も、自分にそっくりの人間を第六セクターで見かけたっていう噂を根掘り葉掘り聞きまわっててさ』

『そーなんだ』


『ま、結局は』と書き換えたところで、隣の同僚はささっとチャットをオフにした。


おまけに、「あー、忙し。忙し。では、俺は出かけますわー。今日も忙しー」とわざとらしい言葉を言いながら席を立った。僕が同僚の変わり身の早さに目を瞬かせていると、「ヒロ君は、何しているのカナー」とキツネ目の上司の声が耳に届いた。


 (あちゃー。ロックオンされたか)


「ヒロ君は、このところ上手く立ち回っているようだからネ。余裕なのカナ?」

「いえ、そんなことはありません」

「じゃあ、なんで、座っているのカナ?」

「今日のお客様の情報を確認していました」


「ほほう」とキツネ目の上司が目を細める。


「今日のお客様は、第4セクターに住むハイスクール生です」

「ほう。ハイスクール生ネエ……。じゃあ、今回は特に気をつけてくださいネ。若い女性はなにかと面倒なものですカラネ」


 珍しくキツネ目が『気をつけろ』なんていうものだから、僕はゴクリと唾を飲み込みつつ、小さくうなずく。


 そう。今回の相手はいわゆるギャル。

 子供ではないけど大人でもない、一番厄介な年ごろだ。


「まあ、ヒロ君なら、間違いを起こすとは考えられませんケドネ」と、キツネ目がくつくつと笑う。僕は、「はあ……」としか答えようがない。色恋沙汰になるとは思えないけど、コミュケーションをとれる自信はない。歳の近い人間が周りにいないせいか、ハイスクール生というだけでもつい身構えてしまう。そんな僕の心を見透かしているようだ。


「分かっているとは思いますケド、相手は未成年だということをくれぐれも忘れずにネ。じゃ、頑張ってネ」というと、キツネ目の上司は手をひらひらさせながら遠ざかって行った。


 珍しいキツネ目上司のセリフにぞわりと悪寒がする。


 (なんなんだ? 頑張ってって………)


 だいたい、最近の若人の考えていることなんてさっぱり分からないのに、絶対裏がありそうな予感。


 かくして僕は憂鬱をずるずると引きずりながら、会社を出たのであった。


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