回答編(1) ハルカ クシュルリ

「第二セクターまで」


 行き先の第ニセクターは、シティの中心部、いわゆる高級住宅街。僕はエアカーの中で、これから会う彼女のことを思い浮かべる。


 ハルカ クシュルリ。


 今日の相手は七十歳のおばあちゃん。ご主人は火星政府の技術局局長をしていたけど、数年前に他界している。現在、悠々自適の一人暮らし。


 正直なところ、僕は、少し紫色のグレイヘアの髪の彼女がちょっと苦手。

願望と現実がごちゃ混ぜになっていて、精神的に不安定なところがあるから。僕の話も自分の都合のいいように解釈するし、気に入らないとすぐ泣きわめて怒る。


 クシュルリさんの若い頃の映像をもとに作られたドールは、若いころに事故で亡くなった娘のかわりだと。だから、継続するものだと思っていたのに、更新料の支払い通知を無視し続けている。





 (ドールの更新料を払えないわけではないんだから、お金さえ払ってくれたらいいんだけどなぁ……)


 全くうまくいく気が全くしなくて、胃が痛くなってきた……。


 

  


「あらぁ、ヒロさんじゃないの!」


 エアカーを降りたところで、クシュルリさんに後ろから声をかけられた。振り返った僕は一瞬、息をのむ。


 レースをふんだんに使ったピンクのオーガンジーブラウス。

 動くたびに揺れるバルーン型の長いスカート。

 裾には何重にもレース。

 スカートのあちこちに縫いつけられている大きめなピンクのリボン。

 縁に三重のレースをあしらったピンクのレースの日傘。


 お姫様のような衣装を身に纏ったクシュルリさんが立っていたからだ。

 道ゆく人達が、二度三度、振り返ってクシュルリさんを見る。


 (イタイ。イタすぎる)


 かなり無理があるファッションを指摘することもできず、僕はこほんと咳払いして、営業用スマイルを顔に貼り付けた。


「こんにちわ。今日は、クシュルリさんにお話があってお伺いしました」

「あら、何かしら……。愛の告白なら、大歓迎よ」


 くふふとクシュルリさんが頬に手をそえて笑う。


 そんなことはありませんと強く否定したい。でも、下手なことを言って、激昂されても困るから、そんなことは冗談でも言えない。結局、僕は曖昧に笑うしかなかった。


「ふふふ。冗談よ。冗談」と、機嫌よさそうにクシュルリさんが笑う。僕は気づかれないようにほっと胸をなでおろす。


「でも、こんなお天気のいい日に、こんなところで、お会いするなんて、なんて偶然かしら」というと、クシュルリさんがいいことを思いついたように、パチンと手を合わせた。そして、少女のようにはにかんで、上目遣いに僕を見た。


「……、外で立ち話もなんだから、ヒロさん、よかったら、我が家に来ませんこと? ちょうど、パティスリー・カーマルレッティで焼き菓子を買ってきたところなの」


 


「ミクちゃんったら、隠しても無駄よ。ママ、二人がおつきあいしていることくらい知っているんだから……」

「ママ、知ッテイタノ?」

「もちろんよ。ママはミクちゃんのことならなんでもお見通しなのよ? ママもね、ヒロさんって素敵な男性だと思うの。もし、結婚したら、ぜったい愛してくれるタイプよね」

「ソウカナ……ソウダトイインダケド……」


 クシュルリさんが、隣にすわっているドールの肘をつついて、ふふふっと笑っている。ドールも顔に手を当ててモジモジしている。


(はあ……。それにしても、なんだ、このバカバカしい小芝居は……。今日は、クシュルリさんの中で、僕はドールの彼氏なんだな。しかし、ドールもドールだ。その設定にのっかるなんて……)


 ここで、何かを言えばクシュルリさんの世界に引きずり込まれたような気がする。


「でも、ミクちゃんがお嫁に行ってしまったら、ママ一人になってしまうわ。そうなると、ママ……、寂しいわ……」というと、ほろりと涙をこぼした。


 すっかりカヤの外の僕は、二人のやりとりを冷めた目で見る。もちろん、顔には営業用スマイルをはりつけて。


「ワタシ ママヲ オイテイカナイ」

「そ? そう?? ママも一緒にいていいの?」

「ミク ママガダイスキ」

「ママもミクちゃんが大好きよ」


 二人でひっしと抱き合っている。



 クシュルリさんは僕に何を見せつけたいのだろう?

 美しい親子愛のワンシーン?

 それとも、ドールを手放したくないという意思表示?

 それとも……。

 

 

 はあっというため息と一緒に、僕はがちゃりとティーカップを乱暴に机に置いてしまった。


「あらぁ、どうしたの? ヒロさん」


 クシュルリさんがやっと僕の方に視線をむけた。


「僕は、クシュルリさんにお話があったんです」

「あらぁ、そうだったの?」

「はい」

「とうとう、結婚の申し込みなのかしら? ママ、ドキドキしてきちゃった……」


 クシュルリさんは胸に手を当てて大きく深呼吸を始めた。


 スーハ― スーハ―


 クシュルリさんの隣でドールも同じように深呼吸をしている。


 (ちがうしー!)


「か、か、覚悟はできたわ。け、結婚は許可します」

「げっ」


思わず、僕の口からこぼれた言葉はあっさりと無視される。


(もう、限界だ)


「そうだわ! 結婚式はセントラル寺院でお願いね。あそこは私と主人が結婚式をあげた思い出の場所なの。主人と私のような愛がいっぱいの結婚生活を送ってほしいもの。だから、セントラル寺院は譲れないわ。主人は本当に私のことを愛してくれていたのよ。だから、ヒロさんもミクを生涯愛してほしいの。これはお願いじゃなくて契約よ。いい? …………、そうそう、住む場所はここの二階を二人に貸し出すわ。新婚さん向けにリホームするから、問題ない「違います!」」


 とりとめもなく話し続けるクシュルリさんの言葉を僕は遮った。きょとんとした顔でクシュルリさんが僕を見る。僕は、ゆっくりと、そして、誠実にクシュルリさんに向き合って、言葉を続けた。


「違います。今日は、ドールの契約の更新手続きできました」

「ドールの契約?」


 ドールという言葉の持つ意味を知らないかのように、クシュルリさんはきょとんとした顔のまま首を傾げる。僕はカバンから、一枚の契約書をとりだし、クシュルリさんがミクと呼ぶはスコティッシュ・フォールド社がリースしているドールであることをゆっくりと説明をする。


「…………、クシュルリさんは現在、ドールのリース契約をしていますが、先月で無償リース期間が終わっています。今月からは、ドールを継続してリースする場合は月5万リーブラのお支払いをお願いしています」

「5万リーブラの契約?! なにそれ! 私の、知らないわ!!」


 クシュルリさんは顔を真っ赤にさせて、口と手をわなわなと震わせた。


「クシュルリさんの隣にいるのがドール「なんてこと言い出すの?! この子は、私の愛する一人娘のミクよ! ミクが機械人形だなんて、それに、お金を払えだなんて、そんな! そんな!!!……、そうだわ。あの女! すべてはあの女が悪いのよ! あのうぉんなぐあぁ――――!」


 そう叫ぶと、クシュルリさんは、口から泡をはいて倒れてしまった…………。


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