回答編(1) アカツキ少年の事情

「第六セクターまで」


 僕は、ドール回収のために用意してあるエアーカーに乗り込むと行き先を音声入力した。ふわりと音も立てずにエアーカーは浮かび上がり、走行を始める。行き先の第六セクターは、シティの西の外れ。いまだに、アリスの大災禍の爪痕を色濃く残している地帯。磁気嵐注意の警報がでている。


 目的地までは自動運転だから、僕は物思いに沈んでいった…………。




 イナバ アカツキ。

 

 これから会いに行く12歳の少年の名前だ。アカツキ少年との出会いは、約1年半前。アリスの大災禍の慰霊祭の時。

 慰霊碑に次々に浮かび上がるホログラムには、事故で犠牲になった人達の映像が映し出されていた。


「ママ、ママ……」


 ホログラムに手を伸ばす小さな女の子。それを必死で抑える少年。

 それがアカツキ少年だった。


「……、ユヅキ、あれはママじゃない」

「ママ!」

「ママもパパも死んじゃったから、もう会えないんだ」

「ママ! ママ!」

「いい加減にしてくれ。いくら呼んでもママはもう……」

「ママ————!!」



 少年と小さな女の子のやり取りは、その場にいた人間の心を揺さぶった。目頭を押さえている老婆もいた。僕もこの二人のために何かをしてあげたい。そう思って、思わず声をかけた……。


『ママに会わせてあげようか?』

 

 そんなことを言ったような気がする。


 ドールは、顧客の希望通りの外見、声、性格にカスタマイズすることが出来るのが売り。だから、アカツキ少年の記憶を頼りに母親によく似たドールを作り上げることができた。


 最初はお金がないからと渋っていたアカツキ少年も、結局、妹が喜ぶならと1年間の無償リース契約をした。そして、アカツキ少年は、回収時期になっても、ママンと名付けた母親似のドールを返却せずにいる。


 事情を知れば知るほど、胃がきりきりと痛みだす。今度は、胃薬代わりにいつも持ち歩いている金平糖を一つ取り出すと、がりがりっと噛んだ。いつもなら甘いはずの金平糖がなぜか苦く感じた。

 


「こんにちわ。ヒロさん、ご苦労様です」

「ヒロしゃん、ごくろーしゃます!」


 アカツキ少年と妹のユヅキちゃんは、僕が行くといつも二人で出迎えてくれる。


「元気にしていたかい?」


 僕は、ポケットの中からを取り出すと金平糖の入った小瓶をユヅキちゃんに渡した。


「ヒロしゃん、……、これ、なあに?」

「金平糖だよ」

「こんとうとー? おほししゃまみたい……きれい……」

「甘いお菓子だから、一つ、口に入れてごらん」


 ユヅキちゃんは金平糖を一つ口に入れると、ほおっと頬をゆるませた。ぱあっと笑顔になって、アカツキ少年に小瓶を差し出した。


「とっても、とっても、おいひいの! にーにもひとつ、あげる!」

「ボクは食べたことがあるから、ユヅキが全部食べていいよ。それより、ママンに、お客様のためのお茶を用意してくれるよう言ってくれる?」

「いいよお!」


 ユヅキちゃんはそういうと、パタパタと軽い音をたてて部屋の中に走って行った。

 アカツキ少年は、靴を履くと、僕に外で話をしようとジェスチャーをした。


「今日、僕がここに来た理由がわかっているんだね」


 僕は外に止めたままのエアカーを見ながら言った。シティを覆っているドームの向こうで発生している磁気嵐の影響で、エアカーのウィンカーがチカチカ点滅している。アカツキ少年の視線がエアカーと僕の間を行ったり来たりする。


「はい。あの、……、もう少し伸ばすことはできませんか?」

「回収延長の申請書は却下されそうだ。右手が少しギシギシして動かないというのはクレーム処理できないと管理課から言われた」

「そうですか……。じゃあ、ママンの顔が少し気に入らないというのは?」

「……だめだね。もう、1年もリースしているんだ。初期段階なら通ったかもしれないけどな」

「そうですか。では、おじいちゃんが借りなおすっていうのは?」


 アカツキ少年が無償リース延長のための理由をあれこれ挙げるけれど、僕はそのたびに首を振った。


「しかし、こういっちゃ悪いけれど、月5万リーブラは遺族会からの支給金から支払えるんじゃないかい?」


 僕はリース延長契約をさりげなくすすめる。月5万リーブラは僕の給料の5分の1。事故で亡くなった二人分の支給金をもらっているのだから、払えなくないはずだ。払えると思ったからドールを貸したんだし。


「おじいちゃんの治療にお金がかかるんです。遺族会からの支給金の大半はそれでなくなってしまいます」

「そういえば、おじいちゃん、半年前に石化病を発症したんだっけ?」


 石化病というのは、その名の通り体がどんどん石化していく病気だ。火星特有の微生物が原因じゃないかと言われているが、原因も対処法もわかっていない。ただ、死を待つ病とも言われている。もって1年。それも石になっていくのを見守るだけ……。


「もう、起き上がるのも難しくて、生命維持装置が外せないんです」

「そうか」

「ママンがいないと、今のボク達の生活はまわらない。ボクが学校やアルバイトに行っている間、ママンがユヅキとおじいちゃんの面倒を見ているんです。おじいちゃん、ママンが話しかけると頬が少し緩むんです。ママンも頷いたりしているから、二人で会話が成立しているのかもしれません。それに、ユヅキもママンが来てからよく笑うようになったし………。だから、もう少し、どうにかなりませんか? おじいちゃんが逝ってしまうまで、この幸せな時間を過ごしたいんです」

「そういっても、契約だからね。借りるには対価が必要なんだよ。ほかに、頼れる大人はいないのかい?」


「そんな人がいるように見えます?」とアカツキ少年が小さく首を振った時だった。

 突然、バタンと扉が開いて、裸足のままのユヅキちゃんが飛び出してきた。


「にーに!! ママンが!!!!!」






  



  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る