「機械人形」は夢をみるのか

一帆

『幼少にして大黒柱の男の子』

(お題)回収相手は12歳の男の子

ぞわぞわぞあ………。


 不意に、背筋に悪寒が走り、手元がぴくりとする。


 僕は慌ててタブレット端末から視線を外して顔をあげた。目の前には、黒い服を着たキツネ目の上司が立っている。何が嬉しいのか、口元がわずかにあげて。


(大体、こういうときはいいことがない)


きりきりきり………と、僕の胃が痛み始める。


「ヒロ君、ちょっといいカナ?」


 優しげに微笑んでいるけれど、右肘に当てられた左手が忙しなく動いている。嫌ですと言えず、僕は椅子から立ち上がる。


「今月の回収の進捗具合、どうなってるカナ?」

「それは……」

「それは?」


 キツネ目がさらに細くなり、口角が上がる。


「まだ、5件ほど……、未回収です」

「ほぉ? 5件ホドねぇ……。それは、5件モの間違いではないのカナ?」


 上司はこれみよがしに大きなため息を吐いた。僕は視線を床に落とす。床にはチリ一つ落ちていない。ツルツルピカピカだ。上司の嫌味はいつものことなので、僕は聞き流す選択をする。


「……、それに、そもそも、私が管理部から聞いた話では7件だったケドね」


 上司がモゾっと首を傾け、左手の肘にあった右手を顎の位置に動かした。


「……、ん? もしかして、これは私のミスカナ? それとも……、台帳の記入漏れカナ? それ「な、な、7件です!」」


 僕は、慌てて訂正をする。


「し、しかし、うち2件は回収延長の申請書が提出されています。ただ、まだ、申請書に不備があって、申請書を直させています」

「ほお?」


 上司が眉をぴくりとさせる。

 

「確かにチミは優秀だヨ。我が社の花形といってもいいカナ。顧客に寄り添い、共感し、顧客の要望に応えているから契約件数はダントツだヨネ。しかしねぇ……」というとふるふると首をふった。


「今月から回収が始まったヨネ? チミは、なんだかんだと理由をつけて、回収できないでいるヨネ? やれ、回収延長の申請書作成中、先方がシティ不在、あとは……」


 そこまで言うと、上司は考えるふりをして、しばらく黙った。そして、顎に当てていた右手をぐうの形にすると、「そうだったヨ!」とポンと左手を叩いた。


「商品が先方の希望に合わなかったためもう一度リースしなおしなんてものもあったヨネ?」

「……、はい……」

「1年の無償リースが終わった途端、希望が合わない? そんなこともあるのカナ? 不思議な話もあるものダネ」

「…………」

「そもそも、われわれの仕事を簡単に説明しすると………」


 天使の笑みを浮かべて上司は、僕の肩を強く掴んだ。


「……貸したものは利子つけてちゃんと返してもらえ、だろ?」


 それから目の奥に悪魔の炎をちらつかせて、さらに強く強く肩を掴んだ。


「だから、ここでちんたらタブレットなんかいじらず、返してもらうまでは何度でも督促にいけ! そして、絶対に手ぶらで戻ってくるな!! 相手が泣こうが喚こうがキチンと回収してこい! わかったな! このドアホ!!! うちは慈善事業じゃねえんじゃ!!!」


 そう耳元で怒鳴ると、上司はパッと手を離して立ち去った。ぐわーんと耳鳴りがする。


 はあ……。行くか。


 僕は掴まれてジンジン痛む肩を押さえて、トボトボとビルを出た。


 僕の仕事は、通称ドールと呼んでいる「機械人形オートマタ」を貸して、契約期間が過ぎたらそれを返してもらう。いわゆる「リース」業。お互いの信頼関係の上で成り立っている。


 そう。借りたら返す。返せないなら借りるな。


 簡単に説明するならそういうことだ。


 僕は、顧客に、顧客の要望に沿ったオンリーワンのドールを貸すことは、顧客にとって幸せなことだと思っていた。そして、それを貸す僕たちも、その幸せのお手伝いをすることが出来て儲かるのだから、こんなに良い仕事はない……と思っていた。


 でもね……。


 素直に返してくれる、もしくは契約の更新のためのお金を払ってくれる相手ばかりなら、winnwinnだよ。でも、実際のところ、そんな相手ばかりではじゃない。

 それどころか海千山千の猛者……もとい、事情を抱えた顧客がたくさんいる。


(いつの間にか胃薬が手放せなくなったな……)


 ガリリと錠剤をかみ砕いて飲み込み、青空をにらみつける。


 今日の交渉先はなんと男の子。

 しかも3年前のアリスの大災禍とよばれる大事故で、技術者だった父母を亡くしている。そして、父母亡き後、幼い妹と祖父の面倒まで見ているしっかり者。

 12歳かと思わず聞き返すほど頭がいいし、環境も環境だから、……、僕も強く言えない。それに……、彼に貸したドールは………。

 

 かくして僕は憂鬱をずるずると引きずりながら、今日も顧客のもとに足を運ぶのだった。


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