第27話:満月
「……ズズッ。……それで? これからどうすんだ?」
「ああ、そうだな……」
レグルスはダグを見て、フランを見た。フランはミーズ神の下にいた子供たちを気にしているらしく、魔法障壁の近くに寄っている。しかしあれは物理的な干渉を遮断するために張ったものなので、解除しなければ彼らの元までは行けない。上に木の枝などが覆いかぶさっているので、それを退けてから救出する必要がある。
「……ひとまず神官を捕縛して治療だ。その後、邪魔な障害物を除去して子供たちの救出をする」
「ふーん。了解。人手っている?」
「そうだな……。子供たちを運ぶのに人手が欲しいな。障害物の除去はミレイから魔力を供給してもらったから、俺だけでなんとかなる。ダグとフランは一度集落に戻って……」
『人手を集めてきて欲しい』とレグルスが言葉を続けようとしたら、背後から乾いた笑いが聞こえてきた。失血の多さで気が触れたのかと思って神官を振り返れば、神官は真っ青な顔色で、肩を震わせて笑っている。これは早急に治療をしなければと、レグルスは神官を閉じ込めていた障壁を解除して近づいた。そして手を伸ばしたところで、神官が途切れながらであるが話し始める。
「レグルスに……ミレイ……。……そうか……あの『レグルス』か……ようやく合点がいった……!」
「?」
「砂漠の神の手先かと……思っていたが……まさかノットーの賢者だったとはな……」
そう言った神官は、とうとう立っていられなくなったのか、青い顔で座り込んでしまった。レグルスは神官の口から『ノットー』の言葉が出たことに少なからずとも動揺したが、よく考えてみれば、洗脳されかけた時に見た過去視が本物であるなら、神官がノットーの存在を知っていてもおかしくはない。
「ははっ……はっ……。なんの成果もあげられなかったが……『レグルス』が現れたことに……ダーナ様はお喜びくださるだろう……」
「えっ」
それはどういう意味なのだとレグルスが問いかけるより早く、神官は震える腕で杖を掲げ『ファイグ(壊れろ)』と小さく唱えた。すると手にしていた杖の全体に赤い線が走り、ボロりと壊れてしまう。それと同時に杖があった場所を起点にして周囲に赤い魔法陣が走った。レグルスは広がっていくその魔法陣にゾッとすると地面を蹴って後方へと飛び、なんとか魔法陣から脱出する。
「ああ……くそっ……惜しかったな……」
神官がそう言って地面に崩れ落ちると同時に姿が消えてしまった。本当に跡形もなく消えたので、レグルスは自分の判断が間違ってなくて良かったとほっと胸を撫で下ろす。
「お、おい! 神官のやつ消えたぞ!? 魔法で消滅したのか!?」
「いや、転移しただけだ。おそらく杖が壊れると緊急脱出するための魔術が発動する仕組みだったんだろう。もうこの森に神官はいない。遠く離れた場所に帰ったはずだ」
「てことは……逃げられたのか」
「……」
逃げたというよりは、おそらく自分をどこかへ連れて行こうとしたのだろう。しかしどこへ連れていくつもりだったのかは分からない。連れて行かれた先でどういう応対をされるのかも分からない。
「……逃げられたのは仕方ない。子供たちを救助しよう。フラン! ちょっと来てくれ!」
レグルスは神官のことはさっさと諦め、ミーズ神の根元あたりでウロウロしていたフランに声をかけた。フランは二度三度と根元とレグルスを見て、よろよろと駆けてくる。そしてレグルスたちの近くで赤く焼け焦げている魔法陣を見つけてギョッとした。何があったのかと言いたげな顔で見てくるので、それにダグが「神官に逃げられたんだよ」と肩を竦めながら答えた。
「さて、ダグの言う通り神官には逃げられたが……二人の尽力のおかげでミーズ神は死んだ。もうこの森に脅威はない」
「おお〜! めでたい!」
「……本当に……ミーズ神が死んだのね……」
フランは実感が湧かないのか、どことなくぼんやりしている。もしかしたら気が抜けてしまったのかもしれない。
――まあ、かなり集中しただろうしな。エネルギーを消耗したんだろう。
レグルスはふむと頷くと、ならばさっさと集落に帰してあげようと思った。気が抜けた状態で夜の森をうろつくのは危ない。フランはここまでだろうという判断だった。
「これから子供たちの救助をするが……連れ帰るのに人手がいる。ダグとフランは一度集落に戻って、人を集めてきてくれ」
「分かったわ」
「りょーかい」
「それと……連れてくるのはダグに任せる。フランは集落へ戻ったら家に帰って休んでくれ」
レグルスがそう言うと、意味を理解するのに時間がかかったのか、フランは遅れて驚いた顔をした。
「え、なんで?」
「疲れているからだ。疲労が強いなら休むべきだろう」
「え? 俺も疲れてるんですけど?」
「ダグはまだ動けるじゃないか」
「いや、疲れてますけど!? 俺が何回、ミーズ神の枝や根っこに捏ねられたと思ってんだよ!?」
「でもフランよりは疲れていないのは確かだろう?」
「それはそうだけど! フランよりはましだけど! ……フランはマジで休んだほうがいいぜ。 顔色悪いし、なんかフラフラしてるしな」
ダグの言う通り、フランは足元が覚束ない様子だった。本人にもその自覚はあったのか、ほんの少し視線を彷徨わせると、俯きながら「大丈夫だもん」なんて言った。それにレグルスは困ったと眉を下げる。意固地になられると説得するのが難しい。余計な時間がかかってしまう。だったら時間効率を考えて、その辺で座って休んでもらった方がいいのかもしれない。
――いや、だめだ。ダグとフランには一度、集落に戻ってもらう必要がある。
レグルスの都合的に、二人には一度この場を離れてほしいのだった。だからなんとかしてフランを説得せねばと思い直したが、レグルスとてそれなりに疲れているのだ。なかなか良案が思いつかず、沈黙ばかりがこの場に落ちる。するとフランとレグルスを間で見ていたダグが「あのさー」と頬を掻きながら口火を切った。
「フラン、いいから家に戻れよ」
「でも……」
「エマはもちろん、レグルスとミレイもお前の家に帰るんだろ? 汚れ落として眠れるように、誰かが準備しなきゃじゃん」
「あっ……」
「てことで集落戻るぞ〜。んじゃレグルス、この場はよろしく〜」
ダグはそう言って伸びをすると両腕を頭の後ろで組んだ。そしてくるりと方向転換して集落の方へと向かっていく。それに釣られるようにフランが足を出しかけたが、一歩で止まるとレグルスの方を振り返った。
「あの……レグルス」
「うん?」
「エマを……子供たちをよろしくね」
「分かってる」
「そ、それと……」
「?」
「……家、温めて待ってるから。ちゃんと戻ってきてね。……じゃあ!」
フランはそう言ってダグの後を追いかけて行った。フランの最後の言葉に、レグルスは腕を組んで首を傾げた。
――もしかしたら子供たちを救助したら、森を出て行くとでも思っていたのだろうか。
出て行くにしても次の目的地がない。むしろこの土地にある秘密とやらが気になる。レグルスは今後の方針をミレイと決めなきゃいけないなと思いながら、ミレイの近くへ寄っていった。木の根元にいるミレイは変わらず羽を広げていたが、レグルスが求めた時よりも小さくなっている。こちらに背を向け、膝を折ってエマを抱きかかえながら座っているミレイはいつもの服装だった。いつもの服装のまま眠っていたのか、それとも魔法で着替えたのか。どちらだろうとぼんやり考えながら、レグルスはミレイに声をかける。
「ミレイ」
「ああ、レグルス」
「変わりないか?」
「いや、すごく変わりあるよ。僕、エマと一緒に本を読んでた筈なんだけど、どうして森にいるのかな?」
ミレイは振り返らずにそう言った。視線の先にあるのは地面ですやすやと眠っているパジャマ姿の子供たちだ。エマだけはいつもの服を着ているので、本を読んでいて二人して寝落ちたのかもしれない。
「寝ている者だけが操られる魔術がかけられたんだ」
その言葉にミレイが目を細めながらレグルスを振り返った。ミレイも神である自分がそんなものにかかる筈がないと思ったのだろうが、実際に移動しているのだからすぐに考えを改めたのだろう。口元に指先を当てると「ふうん?」と言った。
「ミレイ。上にあるものどけるぞ」
「かまわないよ」
ミレイと子供たちを覆うように作った障壁の上には、ミーズ神の残骸が多く転がっている。レグルスはそれらに魔術で火をつけると、一気に燃え上がらせた。レグルスは燃えあがる火で頬が熱くなったが、ミレイの羽で守られている子供たちは大したことないだろう。
消し炭となっていくミーズ神を眺めながら、その中でキラキラと光る白いものをレグルスは魔術で引き寄せた。手のひらの上にころりと転がったのは、レグルスとミレイが探し求めていた『骨』だ。砂漠で見つけて、魚に横取りされて、そのあとはミーズ神に奪われた『骨』。
「はあ……。やっとひとつか……」
レグルスは小さな骨をつまんで宙に掲げると、落とさないようにしっかり握った。その頃にはもう、ミーズ神は灰になってしまっていた。灰もいずれ風で吹き飛び、大地に還るだろう。ミーズ神を作る材料になったのは司祭の娘らしいが、これで安らかに眠れればいい。
レグルスはほんの数秒ほど娘に祈りを捧げると、のろのろとミレイの元へ寄って行った。不要になった障壁を解除しても、地面に座ったままミレイは動かない。もう障壁も、ミーズ神の根もないから立ち上がれるというのに、ミレイはじっと座っている。眠っているエマを抱きかかえているからだろうか。それとも別の理由で動けないのかとレグルスはミレイに声をかける。
「ミレイ、もしかしてすごく疲れてるか?」
「うん。びっくりするくらい疲れてる。足が全然動かないよ。まあ、エマが眠ってるエマを起こしそうってのもあるんだけど……」
「ふむ……足が動かない心あたりは?」
「魔力の使いすぎだね。ここで目が覚めて、魔力を吸われそうになったから、ずっとそれを防ぐために羽を出していたし。吹き飛ばせたら楽だったけど、子供たちがさぁ、一緒にいたから……ふふっ」
ミレイはそう言っておかしそうに笑った。それにどうしたのかとレグルスが首を傾げると、ミレイは「あはは」と満面の笑みで背後に立つレグルスを見上げた。
「なんかみんな、目を覚ましたら化け物の下だったから怖がって泣いてね。でも僕が羽を出して守ってあげたら……天使様だとか言い始めて、目をキラキラさせて……おっかしいの! 僕は神なのにさぁ!」
「そうか、良かったな」
天使に間違われたことをミレイは不快に思わなかったなのだろう。それよりも泣いていた子供たちがミレイの存在に安堵して、その果てには眠ってしまったという事実が嬉しかったのかもしれない。ミレイはくすくす笑いながら、どこか愛おしそうに眠る子供たちを見つめている。
「子供たちは幸運だった。ミレイがそばにいてくれたからな」
「ふふふ、全くだよ」
レグルスは笑っているミレイの口に『骨』をねじ込んだ。唇と歯列を割り、舌の奥へと入れ込む。するとミレイは入れられた物が『骨』だということに気がついたのか、ぱちりと目を輝かせた。
「ん……ごくっ……。レグルス、これ……」
「ようやく手に入ったぞ」
レグルスがそう言ってミレイの横に腰を下ろすと、ミレイはレグルスの肩に寄りかかってくる。『骨』を取り込んだから、力が戻ってきたのかもしれない。ミレイは口元を指先で押さえると、鼻歌を歌いそうなくらい、ご機嫌な笑みを見せた。
「レグルス、次のもよろしく♡」
「分かってる。でも……さすがに今は疲れたなぁ」
レグルスはそう言って、寄りかかっているミレイの頭に自分の頭を載せた。結果的には成功を収めたが、想定通りからは程遠い。これは思ったよりも厳しい道のりだと思いながら、空に輝く満月を見上げた。
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ここで第一章は終了になります。
ありがとうございました。
絶対神で男の娘で俺を好きすぎる友人が俺のママになりたいらしいので旅に出ます。 吉楽天 @kiraku_ten
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