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「それもあの映像のチョイス。きっとキモオタ部長の個人犯行だよ」

 こちらもあわただしく指を動かしながら、マスターが推理を補足する。

「相手があの部長殿と推測した上で、なにかできることはないのですか? 特有の癖を突くとか」

 直接ネットに身をさらすことが危険ならば、オフラインでなにか手伝えないのか。そう考えて吾輩は音声でマスター達に呼びかけたが、人間二人の反応はかんばしくなかった。

「正直、ボクのレベルじゃ無理。高級言語は扱えても、BIOSを直接いじくるとなるともうお手上げ。だから放送を正常化させるほうに専念してるんだけど」

 後頭部に結んだリボンが深い藍色に染まっていく。その必死の努力にもかかわらず、放送が正常に戻る気配はいっこうに現れない。

「さっきからずっとやっている! やっているが……コントロールを取り戻せない! くそっ、やはり電子戦ハッキングではあちら大西が一枚も二枚も上だな!」

 会長殿の操作に応えて、モニタ類はわずかな間正常を取り戻したかのような表示を見せる。だがわずかな間だけだ。すぐに再び表示が乱れる。会長殿が悪戦苦闘する。表示が戻る。また乱れる。そして乱れたままの時間がしだいに長くなっていく。

「……だめだー! まともな映像を流せない!」

 時間にすれば十分も立っていないだろう。しかしじれったいほど長く感じられた苦闘の果て、とうとうマスターは両手をバンザイして電子戦の努力を放棄してしまった。

 モニタ類を見ればすでにロボ研のPVを流しているものはひとつとしてなく、あるものは妨害映像をこれ見よがしに流し、あるものは現在いまではもはや化石レベルのプロンプト画面を表示し、あるものは間の抜けたカラーバーを吐き出し、またあるものは完全にブラックアウトしてうんともすんとも言わなくなっている。

「……こちらもマスターデータまで完全に削除デリートされてしまった」

 少し遅れて、会長殿も抗戦の手を止め、不気味なほど感情のこもっていない表情で事実を告げた。

「どうしよう、カイチョー? もうPVは流せなくなっちゃったよ」

 対照的にマスターのほうは、落胆を通り越して今にも泣き出しそうな顔をしている。会長殿は直接それには応えず、あたふたと動いていた放送部員に向かって

「ここまで侵食クラックされた学園内放送ネットワーク。復旧するには一旦強制終了シャットダウンするしかないが。かまわないな?」

 と問いかけた。いや、これは事実を宣告しただけだ。

 この場にいた放送部員に、こうしたことハッキングへの知識がある人材は一人もいなかったらしい。会長殿に言われるまま、放送遮断の作業に入っていく。

「とにかく、この事態を自治会に訴えてみることだな」

 電子機器への知識がある者として放送部員たちを指導しながら、会長殿は当座の方針を明らかにした。

「これだけの学生が見ている前で騒ぎを起こしたのだ。彼ら自治会も黙っているわけには行くまい。放送部、君たちも被害者だ。証言してもらうぞ。分かる範囲でいい」

「でも、あの自治会だよ? 味方になってくれるかな?」

 シェルターにいる吾輩の無事を確かめるように一度ぎゅっと抱きついてから、マスターが震える声で問いかけた。

「味方にはなってくれるさ。だが、それと頼りになるかはまた別の問題だな」

 会長殿の言葉はあくまで感情の揺らぎを感じさせない。それがかえって、この先のロボ研の多難さをうかがわせた。


 三日後、放課後。

「どーして処分保留なのぉー!」

 マスターの怒声が、自治会室ばかりか事務棟全体までをも震わせんばかりに響き渡った。

 苦情クレームを受け止め豪華な椅子に座るのは先日も顔を合わせた自治会長殿。その顔はわずかにうつむき、唇もきつく引き締められている。

「証拠がないのです」

 吾輩たちのアイドルまねごとを叱った時の威厳に満ちた態度は変わらないものの、言葉はしぼり出すようなという表現がぴったりで、内心の苦悩を感じさせる。

「正しくは『証拠が見つからなかった』と言うべきでしょうか」

「パソコン・サイバー部が放送ネットワークに侵入し、不正な映像を拡散させた物質的・電子的痕跡は発見できなかった、ということか」

「そうです」

 会長トオル殿のかみくだいた問いに、自治会長殿は小さくうなずいた。

「三日前の事案は自治会でも把握していました。発生直後に第二コンピューター室に人員を送り、大西部長以下主だった部員の身柄も確保して、データ改竄かいざん等がないよう調査にあたりましたが……」

 しばし沈黙。そして沈痛な表情で首を振った。

「第二コンピューター室にも、部員個人のパソコン・タブレット・スマートフォン等電子機器にも、不正な映像の元データあるいはその断片、そして放送ネットワークに侵入した電子的痕跡。いずれも発見には至りませんでした」

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