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「証拠なんてカンケーないじゃん!」

 まわりくどい表現に業を煮やしたのか、マスターがどばぁん! とへし折らんばかりの力で机を叩いた。

「あの放送ジャックは全校承知の事実! それで損したのはボクらロボ研! 得したのはサイバー部! それで十分! 今すぐ連中を処分して!」

「それはできないのです。心証と状況証拠だけでは自治会われわれは動けません」

 マスターの迫力に押された様子はないが、自治会長殿は心底申し訳なさそうに唇をかみしめた。

「我が学園内でこのような事案を起こせる技術力を持っているのはパソコン・サイバー部だけであることは、容易に推測できます。大西部長がロボ研究会に抱いている個人的感情も聞き及んでいます。それでも穂妻学園の校訓が『自由創生』である以上、自治会われわれにできることは該当部員の身柄を数日間確保して調査に協力させるのが限界です。私個人としては、忸怩じくじたる思いですが……」

「だから校訓とか自治会とか、いちいちまだるっこしいの!」

 マスターが再び机を叩いた。みしっと嫌な音が混ざる。

「今すぐあのキモオタ部長をしょっぴく! ひっぱたいてでも『自分がやりました』と吐かせる!」

「よせ、青空」

 机を蹴倒さんばかりの勢いのマスターを、会長殿が羽交い絞めで制した。

「彼らも力を尽くして調べてくれた。これ以上を望むのは酷というものだ」

 がるるるるとうなりながら暴れるマスターを抑えながら、かんで含めるように言い聞かせる。

「『自由創生』の校訓、二度までもあなた方の損に働いてしまいましたね」

 おそらくは苦笑いなのだろうが、自治会長殿は初めて吾輩たちに柔らかい表情を向けてくれた。

「当面はパソコン・サイバー部に人員を派遣して、彼らを監察する処置を取ります。おそらく今回の事案では進展はないでしょうが、今後サイバー部の行動を抑止する効果はあるでしょう」

 あくまでも凛とした自治会長殿の前に、ロボ研は引き下がるしか法がなかった。


「まったくうちの自治会は! 肝心な時に役に立たないんだから!」

 マスターの怒りはまだ収まる気配がない。ロボ研究会室に戻る回廊モールの床を踏み抜かんばかりの勢いで歩いている。

「『証拠がありません』って、そりゃー証拠残さないよね! 連中プロだもん!」

 頭のリボンは暗いオレンジ。うぅ、だいぶヤバい色になっているな。吾輩がはらはらしながら見守っていると、マスターははたと歩みを止めた。

「決めた。今からサイバー部にカチコむ。でもってあのキモオタ叩きのめしてくる」

 鋭い声で告げるとダッシュで駆け出す。吾輩はあわててその背中にぶら下がった。

「いけませんマスターそれは犯罪です! こっちが不利になるだけですよ!」

 それでもマスターは吾輩をずりずりと引きずりながら前進を続ける。学園でござる回廊モールでござるぞ。

 最終的には会長殿とケイ殿まで加わって、一人と二体がかりでなだめすかしてようやくマスターは止まった。

「予想はしていたが……正直、見誤ってしまったな。大西ヤツの力量ではない、本気度をだ」

「力ではなく意志、ですか」

 案外冷静に事態を振り返る会長殿に、これまた硬質な態度を崩さずケイ殿が問いかけた。

「うむ。奴の実力なら、PVの制作段階でロボ研われわれの計画を崩すことも十分に可能だったはずだ。それを放送されてから、衆人環視の中でああいう行動に走ったのは、示威効果を狙ってのことだと思う」

「マロ達に盾つく不届き者はこうなると思え、ということですか」

 吾輩の問いに、会長殿は小さくうなずいた。

「サイバー部が学園の電子警備サイバー・セキュリティ任務を請け負っているのは皆知っているな?」

 会長殿が発した言葉に、ロボ二体と、ようやく頭が冷えてきたマスターもうなずいた。

「電子技術の進歩は日々加速の一途をたどっている。その裏では、不正アクセス手段も巧妙化する一方だ。悪意のある侵入者から身を守ることは、もはやアマチュアには不可能と言っていい。どうしても専門の知識を持った人間の助けが必要となる」

「その役目を穂妻学園で担っているのがパソコン・サイバー部です」

 会長殿の解説を、ケイ殿がいつもの口調で引き継いだ。それにひとつうなずいて、会長殿は言葉を続ける。

「裏を返せばサイバー部がその役目を放棄すれば、学園の電子機器はたちまち危険にさらされるということだ。ましてやその矛先が自分たちに向けられた日には、な」

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