いんたーみっしょん:M1-Fの日常(1)
22
穂妻総合学園には制服がない。
校則にはただ一条、「学生として節度ある身だしなみを心がけること」と短い一文があるだけ。
実際、こと細かい服装検査の類とも穂妻学生は無縁である。
少々派手な服を着て来ようが、髪を染めてパーマでもかけてみようが、メイクを施して来ようが、先生にとがめられることはまずない。自治会や風紀委員にお小言をくらう可能性はあるけれど。
しかしいざそこまで自由放任に扱われると、生徒たちはかえって自分で自分を縛りたくなるらしく、結束力の強いクラブやクラスなどでは
「私たちの制服を創りましょう!」
という話がよく出てくる。
新年度も一週間ほどが過ぎ、お互いの呼吸も分かってきたその日の
初日の忌まわしい事件の後も欠席することなく毎日登校し続け、クラスの仕切りも余念がない。しかしあれからずっとパンツルックで通しているあたり、実のところ心の傷はまだ癒えていないと吾輩は見た。
「おー、ナイスアイデア♪」
しゅたっと真っ先に賛同したのはわがマスター。本日のリボンは“ピュア”の白。
「制服着るってのはいいな。どうも僕、中学生になったって実感がわかなくて」
「穂妻で不満があるとしたら、実はそこなんだよね。なんかこう、『特別』って感じの制服が欲しいの!」
ぱらぱらと賛成意見が出る。1-Fの総意が制服導入に傾きかけた中、
「オレは反対」
水を差すように反対意見を述べたのは、ロン殿だった。たちまち女子たちの突き刺すような視線が彼に集中する。
「こっちの経済事情も考えてくれ。日本に来て、この学園に通うだけでいっぱいいっぱい。この上制服にまで金かけてらんねえ」
怒りの視線に気が付いているのかいないのか、ともかくロン殿は臆した様子もなく自分の事情を訴えた。
「ロン君、校則に規定がない以上、着用するかどうかは個人の判断です。そういう事情であれば、制服を着る必要もありませんし、作る必要もありません」
いまわしい記憶はまだ消えていないと思うが、とにかく委員長殿は冷静さを崩さずきりりと答えた。
「とはいえ、無言の反対意見を無視するのも公平ではありませんね。ではまず、1-Fの制服を創るかどうかについて決を取りましょう。賛成の人は挙手を」
たちまち女子全員と、男子の半数ほどから手が挙がった。このクラス、女子の結束は一日でがっちり固まった。その原動力は「女子のスカートずり下し主犯ロン・トイトイをハブにする」なのだけれど。
「では次に、具体的な制服のデザインを決めていきたいと思います。意見のある方」
「さりゅーじる!」
委員長殿の呼びかけも終わらないうちに、マスターが手を挙げてがたんと立ち上がった。
「ボクはこーゆーのがいいと思う!」
そのままくるりと一回転する。本日のマスターはサイクルウェア、その昔流行った自転車レースアニメの主役校のレプリカ仕様。
「青空さん、ここは自転車部ではなく1年F組です。学業にふさわしい服装を真面目に考えてください」
委員長殿は、ともかく表面上はロン殿に向ける態度と変わらず、マスターの意見を却下した。
「でもさ、あの学校の普通の制服ってよくない?」
すると女子の一人が遠慮がちに発言した。たしか漫画部所属と言っていたはず。
「色使いとか、ふつうの学校ならあんな風にはしないでしょ。ちょっと
「それなら僕は『学園ラキウス』のアストロ学園を希望!」
今度は男子から意見が出た。こちらはSF部だったっけ。
「セールスポイントは男女共通デザイン! 男女で制服を分けるってのはもう時代遅れだよな。あとはデザインも未来っぽいし」
ということで、まずはこの二案をもとに検討が重ねられた。議論はかなり白熱したが、結局アニメ由来のこの案はともに没という結論になった。理由はまことに穂妻学園らしく、
「どこかで見たようなアイデアは、穂妻学生のプライドが許さない」
というものだった。
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