いんたーみっしょん:M1-Fの日常(1)

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 穂妻総合学園には制服がない。

 校則にはただ一条、「学生として節度ある身だしなみを心がけること」と短い一文があるだけ。

 実際、こと細かい服装検査の類とも穂妻学生は無縁である。

 少々派手な服を着て来ようが、髪を染めてパーマでもかけてみようが、メイクを施して来ようが、先生にとがめられることはまずない。自治会や風紀委員にお小言をくらう可能性はあるけれど。

 しかしいざそこまで自由放任に扱われると、生徒たちはかえって自分で自分を縛りたくなるらしく、結束力の強いクラブやクラスなどでは

「私たちの制服を創りましょう!」

 という話がよく出てくる。

 新年度も一週間ほどが過ぎ、お互いの呼吸も分かってきたその日のLHRロングホームルームでこの議題を持ち上げてきたのは、橘クラス委員長殿だった。

 初日の忌まわしい事件の後も欠席することなく毎日登校し続け、クラスの仕切りも余念がない。しかしあれからずっとパンツルックで通しているあたり、実のところ心の傷はまだ癒えていないと吾輩は見た。

「おー、ナイスアイデア♪」

 しゅたっと真っ先に賛同したのはわがマスター。本日のリボンは“ピュア”の白。

「制服着るってのはいいな。どうも僕、中学生になったって実感がわかなくて」

「穂妻で不満があるとしたら、実はそこなんだよね。なんかこう、『特別』って感じの制服が欲しいの!」

 ぱらぱらと賛成意見が出る。1-Fの総意が制服導入に傾きかけた中、

「オレは反対」

 水を差すように反対意見を述べたのは、ロン殿だった。たちまち女子たちの突き刺すような視線が彼に集中する。

「こっちの経済事情も考えてくれ。日本に来て、この学園に通うだけでいっぱいいっぱい。この上制服にまで金かけてらんねえ」

 怒りの視線に気が付いているのかいないのか、ともかくロン殿は臆した様子もなく自分の事情を訴えた。

「ロン君、校則に規定がない以上、着用するかどうかは個人の判断です。そういう事情であれば、制服を着る必要もありませんし、作る必要もありません」

 いまわしい記憶はまだ消えていないと思うが、とにかく委員長殿は冷静さを崩さずきりりと答えた。

「とはいえ、無言の反対意見を無視するのも公平ではありませんね。ではまず、1-Fの制服を創るかどうかについて決を取りましょう。賛成の人は挙手を」

 たちまち女子全員と、男子の半数ほどから手が挙がった。このクラス、女子の結束は一日でがっちり固まった。その原動力は「女子のスカートずり下し主犯ロン・トイトイをハブにする」なのだけれど。

「では次に、具体的な制服のデザインを決めていきたいと思います。意見のある方」

「さりゅーじる!」

 委員長殿の呼びかけも終わらないうちに、マスターが手を挙げてがたんと立ち上がった。

「ボクはこーゆーのがいいと思う!」

 そのままくるりと一回転する。本日のマスターはサイクルウェア、その昔流行った自転車レースアニメの主役校のレプリカ仕様。

「青空さん、ここは自転車部ではなく1年F組です。学業にふさわしい服装を真面目に考えてください」

 委員長殿は、ともかく表面上はロン殿に向ける態度と変わらず、マスターの意見を却下した。

「でもさ、あの学校の普通の制服ってよくない?」

 すると女子の一人が遠慮がちに発言した。たしか漫画部所属と言っていたはず。

「色使いとか、ふつうの学校ならあんな風にはしないでしょ。ちょっと空想ファンタジーっぽいのが穂妻ウチにはふさわしいと思うんだけど」

「それなら僕は『学園ラキウス』のアストロ学園を希望!」

 今度は男子から意見が出た。こちらはSF部だったっけ。

「セールスポイントは男女共通デザイン! 男女で制服を分けるってのはもう時代遅れだよな。あとはデザインも未来っぽいし」

 ということで、まずはこの二案をもとに検討が重ねられた。議論はかなり白熱したが、結局アニメ由来のこの案はともに没という結論になった。理由はまことに穂妻学園らしく、

「どこかで見たようなアイデアは、穂妻学生のプライドが許さない」

 というものだった。

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