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「野外ステージと音響機材の無許可使用。活動内容と乖離かいりした勧誘行為。ロボ研究会には以上の嫌疑がかかっています」

 真面目と冷血を絵にかいたような容貌の自治会長殿が、長机の中央で両掌を組み合わせて吾輩たちに告げた。

「アイドル部だって派手な衣装で歌ってるじゃん。なんであっちはよくて、ボクらはダメなのさ?」

 マスターが口を尖らせる。しかしロボ研の面子、ステージ衣装のまま連れてこられたものだから、こういう所には場違い極まりないな。

「彼女たちは普段の活動内容に沿った勧誘だからいいのです。事前の申請も提出されています。あなた達のは研究会の活動内容とはかけ離れている上、許可も出されていません。そこが問題だと言っているのです」

 自治会長殿はまったく動じることなく、マスターの文句を論破する。いや全くもって正論です。反論の余地はありません。

許可それを待っていては、入る会員も入ってこなくなる。われら小規模クラブには時間がないのだ!」

 会長殿――トオル殿のほう――が来客用の、こちらはどこの教室にでもある普通の椅子からがたんと立ち上がって、パイプ机をばん、と叩いた。しかし自治会長殿の冷徹な視線は微塵も揺らぐことがない。

「であれば昨年度中に申請を出しておくなど、やりようはあったはずでしょう。昨日思いついたことを即実行に移すなど、無計画に過ぎます。今回の活動の発案者は?」

「ケイです」

 話を振られて、昨日参考画像ビデオを映写したケイ殿が手を挙げる。自治会長殿が冷たい目で一瞬ロボを見て、鋭く会長殿に向き直った。

「ロボの発案にうかうかと乗ってしまうなど、マスターとしてあまりに浅慮にすぎます。自分たちの機体の管理もできないようでは、ロボ研究会の資質を疑わざるを得ませんね」

 理詰めで責められては、会長殿もぐうの音も出ない。机を叩いた姿勢のまま、がっくりとうなだれてしまった。

「それから機材と衣装を提供したのは顧問だと聞いていますが。藤波先生?」

 自治会長殿が、商業棟職員室からここまで引っぱって来られた桜子先生に呼びかけた。

「いいじゃないかよぅちょっとくらいハジケたって~。穂妻の伝統は自由創生だろ~?」

 桜子先生は本質的にこういうお堅い場所とそりが合わないようだ。いかにも居心地が悪そうに反論、というか文句をたれる。

「会員が無謀な行動に走りそうになったらまず止めるのが顧問の勤めでしょう? 率先して後押しするなど無責任に過ぎます」

 自治会長殿の正論は桜子先生をも一刀両断に片づける。この二人のやり取りを見ていると、教師と生徒がまるで逆だなと吾輩は<判定>した。

「それもこれも自治会が予算をくれないのが悪い! なんもかんも自治会のせいじゃ!」

 自治会室にむなしく響く桜子先生逆ギレの叫び。それをきれいに無視して、自治会長殿は吾輩たちに告げた。

「いいですか? 穂妻総合学園では我々学生に大きな自由を認めています。しかし自由には責任が伴う。我々はその事実を自覚し、常日頃から自らを律していかなければならないのです。自治会の理念はそこにあります」

 自治会長殿は一息ついて、今回の件の“判決”を申し渡した。

「ロボ研究会には今回の責任を取って、一週間の新入会員勧誘活動停止を求めます」


「あー、肩こった。自治会室の空気はどうにも息が詰まってダメだねー」

 解散を命じられてとぼとぼと落ち武者よろしくロボ研究会室に戻る途中。マスターはあんまり反省してない風情で、一発伸びをかました。

「吾輩、こんなことになるんじゃないかと予想してましたよ……」

 ひと通りメンバーを見回して、誰も懲りた様子のないのを見て、吾輩は大げさなため息をついた。

「自治会の横暴に抗議する! なんもかんも自治会が悪い!」

 桜子先生、まだ逆ギレがおさまらない模様。なにか知能指数が低下気味なんですけど。

「ケイの提案に問題があったのでしょうか」

 ケイ殿の硬質な口調もいつもと変わることがない。しかし背中の羽根が心なしかうなだれているあたり、彼女だけは責任を感じているのか、それとも自分のマスターの役に立てなかった無念さか。

「今に始まったことではないさ。ロボを連れ歩いているというだけで我々は目立つ。それに反発する人間もいる。自治会はその筆頭だ」

 ひとり会長殿だけは、まったくこたえた様子もなく淡々と事情を説明してくれた。

「で? 建設的な話として、これからどうしよっか? 一週間空いちゃったし、アイドル部のまねごとはもうダメだし」

 マスターも立ち直りが早い。というかそもそも負い目を感じていないのか。心はきれいに今後の話に切り替わった模様だ。

「一週間の時間を逆手に取ることだな。我に策あり。事前に許可を取ればいいのだろう」

 会長殿は相変わらず自信たっぷりだ。口ぶりからして、なにか準備に時間のかかることをするつもりのようであるが。

「策って、具体的にはなにするのさ?」

 マスターの素朴な疑問に、会長殿は

「あれだ」

 と回廊モールの天井の一点を指さした。

「ほほー。あれを使うか」

 その先にあるものを見て、マスターも、そして吾輩も、おそらくはケイ殿も会長殿の腹づもりが見て取れた。取れたが……。

「吾輩、またこんな恰好は勘弁して欲しいでありますよ?」

 まだ着たままのふりふりスカートの裾をつまんだ吾輩に、会長殿はにやりと笑った。

「うむ。その点も安心したまえ」

 どうもこの人が言っても、いまいち不安がぬぐい切れないのだけれど……。

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