15

「でゅふ☆ 口では強がりを言っても、カラダは震えているでおじゃるよ、三毛蘭零大明神みけらんぜろだいみょうじんたん♪」

 大西殿のなめ回すような視線と声が、今度は吾輩にからみつく。朝、クラス女子たちが向けていたまっすぐな感情にはほど遠い、本質的な歪みを感じさせる態度。粘りつくような不快感は、ケイ殿に向けられていたそれの比ではない。背中に寒気を感じて、吾輩は震えて凍りついた。

「ちょっと、サイバー部の?」

 吾輩の危機を助けようとしてか、マスターが間に割って入った。

「ボクらの大事なロボ達をおびえさせないでもらえる? あとそのヘンテコな呼び方も止めろって、何度も言ってるよね?」

「ぐぬぬ、いいところに邪魔が入ったでおじゃる。初潮の来た年寄りに用はないのでおじゃる!」

 マスターから放射される殺気を感じ取る……ほどの感受性は持ち合わせていなさそうだが、ともかく大西殿は口からつばを飛ばして悪態を付きながらも一歩下がった。起動して半年ほどの経験をふまえて語ると、大西殿はどうもうちのマスターを苦手としているようなのである。

「いい加減しつっこいと、こっちも目にもの見せてやるんだけど」

 マスターの両手が前後の構えを取り、足も前後のスタンスを取る。その戦闘態勢ファイティングポーズを見て、大西殿はさらに二歩、三歩と下がった。

「お、脅しは通用しないでおじゃるよ。暴力沙汰を起こせば、不利になるのはオヌシらでおじゃる」

 強がりを言いながらも、腰は完全に引けている。この手の人種の例にもれず、腕っぷしはからきしらしい。

 ことここに至ってようやく教師の本分を自覚したのか、桜子先生殿がスマホから顔を上げて仲裁の一言を投げかけた。

「うんうん、暴力は良くないねえ青空。だから大西君には早々に引き上げてもらえると、アタシも面倒な仕事が増えなくて幸せなんだけど」

 それで大西殿もなんとか面目が立ったらしい。なまっちろい顔色をさらに青ちょびさせながらも、ことさら偉そうに胸を張って部室の外に出ていった。

「ふん、これで諦めたなどと思わないことでおじゃる。オヌシらの持つ二柱の御神様おんかみさま、必ずマロのものにしてみせるでおじゃるよ」


 がらがらぴしゃん。

 ずる、ぺた、ずる、ぺた……。


 ゆっくりと遠ざかっていく足音は、ロボ研の前途の多難さを暗示しているように吾輩には感じられた。


「さてと。とんだ邪魔が入ったが」

 滞留する不健康な空気を追い出すつもりか、窓を開けて換気してから、会長殿は再び教卓に立った。

「話を続けよう。具体的な新歓計画だ」

「スタートダッシュでもう遅れを取っちゃってるのは痛いねー」

 マスターが急所をつく。

「小規模クラブの悲しさだな。どうしても始業前の活動を行うだけの手が足りない」

 会長殿も、現実の問題は自覚しておられるようだった。

「ごめんねー。若越からMTB《じてんしゃ》だと、どーしても朝一発は無理!」

 マスターは心底すまなさそうに両手を合わせた。しかし電車通学に改める気配はなさそうなあたり、本当に負い目を感じているかどうかははなはだ疑問である。

「初動で後れを取ってしまった事実はもう取り戻せん。いまさら嘆いても過去が変わるわけではない。ならばせめてこの先後れを取り戻すだけの活動内容を考えるのが、建設的な態度だな」

 会長殿もマスターを責める気はないようだった。そもそも会長殿の方にも、このクラブに無理矢理引きずって来たという借りがあるのだし。

「序盤の不利をひっくり返す……思いっきり派手にやればなんとかなるかな?」

「しかし派手にやるのにも人数が必要だと<予測>しますよ。ロボ研はたった二人、吾輩たちロボを入れても頭は四つ。どうしても見劣りしてしまいます」

 吾輩はマスターに忠告してみた。しかしその反論は、意外なところから飛んできた。

「人数が少なくとも強く印象付ける方法はあります。サンプル画像を投影」

 ケイ殿だった。両目が再び光を発し、空間に映像と、ついでに音声も出力する。

「……え? これをやるのですか?」

 投影された画像ビデオを前に、吾輩は思わず絶句して軽く動作停止フリーズした。

「いーじゃん♪ きっと似合うよ、ミケ☆」

 マスターが楽しいいたずらを思いついた子供のような目で吾輩の背中をぽんぽん、と叩いた。

「しかし、こんなことをやるのにも準備がですね」

「だ~いじょうぶ。ま~かせて」

 反論しかけた吾輩をさえぎったのは、桜子先生の呑気な声だった。

「こんなこともあろうかと、日ごろの準備はしてある。あとは諸君のがんばり次第だ」

 あ、先生の目まで、マスターと同じ色に……。

「対応ソフトDLダウンロード完了。ケイに支障はありません」

「決まりだな。さすがに今からでは間に合わんが、明日から気張っていくぞ」

「さりゅーじる! ロボ研の存亡、この一戦にあり!」

 ……だめだ。4対1では勝ち目がない。そもそも吾輩、この5人の中で一番新米で、したがって一番下っ端だし。

 明日以降の受難を予想し、吾輩はひそかにため息をつくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る