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 教卓の脇に立ったケイ殿はタッチペンを取る……のではなく、虚空に視線をさまよわせた。すると両目が強い光を放ち、部室の何もない空間に3D立体映像を投影する。

 虚空に浮かび上がる解説映像にさまざまな注釈を加えながら、ケイ殿はロボ研を取り巻く現状を解説していった。

「学生がロボを持つには様々な障害があります。第一に経済面のハードルです。日々普及が進み、価格も下がり続けているとはいえ、まだまだロボは気軽に入手できるものではありません。特に学生にとっては」

 折れ線グラフが表示される。グラフは順調に下降線を描いているものの、記された数字はまだまだ非現実的な金額だ。

「トオルちゃんはそのへんどーにかなるけど、ミケの時は二年半がかりだったもんね」

 マスターが難しい顔で相槌を打つ。頭のリボンの色、今は「真面目」の青。

「第二に、人型ロボを持っているからなにかの役に立つということはほとんどありません。たいていの機能はパソコンかスマホで代替できます。介護用途か、無理矢理考えて災害救助くらいでしょうか。現状、ロボは大半の人々にとっては高価なオモチャにすぎません」

 立体映像は福祉、消防などを現すピクトグラムを投影していくが、学習になったところでブーと音を立てて×印が付いた。

「そう! ロボは所詮遊びに過ぎない。だが何の得にもならないことに情熱を注ぐことこそ、青春の特権ではないか?」

 ×ブーをかき消さんばかりの大声で会長殿が持論を展開し、右拳を握りしめた。

「それにパソコンを見るがいい! あれとて昔は何の役にも立たない高価なオモチャだった。だが今や、人々の暮らしにコンピュータは欠かすことができない! ならば今ロボを研究することこそ、時代を先取りした投資と言えるだろう!」

 またもや白板ボードを叩く。表示がちょっと乱れた。ついでにその上に掲げてある、墨書の額もがた、と音を立てた。――初代ロボ研会長が揮毫きごうしたという「無いものは創れ」の一文。

「でもさー、実際ロボを独立したクラブでやってるのって、県内では穂妻ウチくらいのもんじゃない?」

 少々ヒートアップしすぎな会長殿をクールダウンさせる必要を感じたのか、マスターが珍しく冷静な指摘ツッコミを入れた。

「確かにその通りだ」

 それで会長殿も目の前の問題に戻れたようだった。急速にトーンダウンする。

「普通の学校なら、科学部か、良くてもパソコン部の活動の一部止まりだからな。それも何十年とかけて、一体ロボを造れるかどうか」

「ボクの時もほとんど無理矢理だったもんね。まー今となっては結果オーライだけど」

「無理矢理結構!」

 あ、また会長殿のテンションが上がってしまった。

「とにかく頭数さえそろえて部に昇格すれば、予算も確保できる! ロボの開発はその後でどうにでもなる!」

「ま、ミケの開発も一段落してちょっと余裕もできた。さすがに今年はなんとかしたいね。そこは賛成」

 今度はマスターも会長殿の熱意テンションに乗っかる。リボンの色が緑がかってきた。

「そこで具体的な新歓計画だ」

 会長殿の声に応じて、ケイ殿が投影する画像が変化した。穂妻学園の簡単な組織図を表示し、そこから三ヶ所をピックアップする。

「効果的な目標ターゲットはこの三学年です。クラブ活動が解禁となる初等部4年、そして中等部1年と高等部1年。特にM1とH1の中途編入生が主な勧誘対象となるでしょう」

 ひとりケイ殿の態度だけは淡々としていて変化がない。ロボだから表情に乏しいというだけでなく、いつもどこか超然とした雰囲気が彼女の通常運転だ。起動からはや6年、改良アップデートを重ねているとはいえ旧式化を隠せないあたりも原因だろうか。

「それで、具体的な新歓活動の計画だが」

 会長殿がケイ殿の解説を引き継ごうとした時、


 ずる、ぺた、ずる、ぺた……。

 でゅふ、でゅふふ、でゅふ……。


 誰が聞いても生理的な不快感を覚える足音と笑い声が、廊下を伝ってこの部室に近づいてきた。

「やあやあロボ研の諸君。今日も不毛な活動に短い青春を浪費しているでおじゃるか?」

 部外者だというのに断りもなくドアを開いて、その人はずかずかと無遠慮に部室に侵入して来た。

「会員じゃないんだからひと声かけて入れー」

 桜子先生殿のやる気のないツッコミは、この生徒にはまるで効いてないようだった。

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