第2章 発動! 新歓だいさくせん!

ロボ研、いぐにっしょん!

12

 本日、穂妻学園は短縮活動。

 大小多数の建物が環状に連なる巨大な敷地キャンパスの片隅、商業エリアに割り振られている小さな教室。

 授業中は“第三コンピュータ室”と書かれているデジタル表示は、今は“ロボ研究会”と変化していた。

「……ってことがあったんだよー」

 そのロボ研に割り当てられた小さな部室。現在いまではすっかり珍しくなった物理フィジカルキーボードの上に突っ伏して、わがマスターは朝の事件をロボ研のメンバーに愚痴っていた。

「中国人か。まあ穂妻ウチでは珍しくもないな。留学というか、普通に受験して入ってくるからな」

 びしっと七三に分けた黒髪。メガネの奥の瞳には理知的な光をともし、体形は少々やせ型、フォーマルなワイシャツとスラックスをぱりっと着こなした男子生徒が冷静なコメントを返した。この「穂妻総合学園ロボ研究会」の会長、坂本さかもとトオル殿である。

「カイチョーの方もそれなりだったっしょ? さすがにボクらみたいな騒ぎはなかったろーけど」

 マスターの気のない問いに、会長殿は意味もなく胸を張った。無駄に自信に満ちあふれていて、先天的に偉そう。それが会長殿の持って生まれた性格である。

「まあな。ケイと顔つなぎをしたいという生徒は多い。だいぶ旧式とはいえ、ロボはロボだからな」

「ケイはMPUビジーで2回動作停止フリーズしました」

 会長殿を補足するかのように、隣にいたストレートロングの黒髪の女性が淡々とした口調で報告した。

 いや、女性と言っていいものかどうか。“彼女”の背中からは白い翼が一対生えている。単なる飾りかと思ったら、わずかにはためいている。あまつさえ頭の上にはどういうからくりでか、天使のように光る輪っかが浮いている。

 そう、これが“彼女”を人間と見分ける特徴。会長殿制作のロボ、ケイ殿である。

「それでも初日早々トラブルよりはましだよ。あーあ、なんか先が思いやられる」

 マスターはじゃらじゃらと音を立てながら物理フィジカルキーボードの上で転がった。もし、玉のお肌にあとが付きますよ。

「麻雀みたいな名前だったねえ」

 第五の声、慢性的に眠そうな、酔っぱらったような雰囲気を漂わせる三十がらみの女性教師が、スマホをいじりながら自分のクラスの出来事を他人事のようにコメントした。

 ――穂妻総合学園ロボ研究会顧問、藤波桜子。つまりそういうことである。

「そのロンと言う男子生徒だ。どうだ、ロボ研ウチに入ってくる見込みはありそうか?」

 桜子先生殿の一言に反応したのかどうか、会長殿は目下の問題を切り出してきた。

「カイチョーは二言目にはそれだねー」

「なにしろわが研究会の悲願だからな」

 気のないマスターの返事にも動じた様子もなく、会長殿は部室の前方、白板ホワイトボードに進み出てばん、とボードを叩いた。それに応えてボードが起動し、

「新入会員獲得 部活昇格」

 の文字列を大書した。

ぱちぱちぱち、と拍手を返す音が二つ。

 一人目はマスター。よっこらせとキーボードから身を起して、会長殿のノリに付き合っている。

 二人目は吾輩。最近はこの会長殿との距離感もつかめてきた、と<知覚>する。

 ケイ殿は自分のマスターのこんな態度に慣れ切っているのか、どこか超然とした表情を浮かべたままぽつねんと立っているだけ。

 桜子先生殿は部室の隅っこにぐんにゃりと座り、再びスマホに没頭中。

 部室の中にはほかに人影はなし。実はあと一体先生殿のロボがいるが、それ・・は説明すると実に簡単な事情でこの教室には入れない。

 以上が、穂妻総合学園ロボ研究会の全メンバーだった。

「同好会から部活への昇格に必要な生徒数は5人。しかしその5人を集めるのがロボ研われわれには難しい」

 会長殿の声に熱がこもる。

「去年も一昨年も成果なしだもんねー。まあ勧誘より、ミケの製作ってか、資金集めの方が大事だったってのもあるけど」

 マスターの目がちょっと遠くを見る。

「サー。ロボ研に入るというのは、そんなに難しいものなのでありますか?」

 なにしろ起動する前のことなので、吾輩は去年と一昨年の苦労を知らない。正直に素朴な疑問をぶつけてみた。

「いい質問だミケ。この際だ、そのへんの事情をひととおり説明しよう。ケイ」

「了解しました」

 自分のマスターの呼びかけに応じて、ケイ殿が白板ボードの前に進み出た。その服装は年中通して紫の、やたらふりふりとした飾りの多いドレス。上は肩の部分が丸くふくらんだ長袖、スカート丈も床をこすりそうだ。あんな恰好、うちのマスターなら「暑い。重い。動きにくい」の三言で却下するな。

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