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 吾輩、この大攻勢に応対するので手一杯である。

「製作期間は二年半と聞いております。ただ大半が予算調達に費やされたとか。実際の設計と製作期間はわりと短かったそうです」

起動ロールアウトしたのは昨年の九月三日であります。麦穂祭ぶんかさいのロボ研出展にどうにか間に合ったとか」

「耳は手順を踏めば着脱可能です。あと尻尾も。ただちょっとした知恵の輪みたいな構造になっています。ああ、痛覚も通っているのであんまり強く引っ張るのは勘弁してください」

「固形物の摂取は不可能であります。液体の方は、潤滑油オイル冷却液クーラント洗浄剤クリーナーなら経口摂取が可能です。内部でどう<判別>しているのかは、説明すると長くなりますが」

「充電と各部位の点検チェックと、何より記憶領域ストレージ最適化デフラグのために、一定時間の休眠が必要です。せっかくですからマスター達の生活リズムに合わせて夜になります。休眠中は整理途中の記憶データの断片が、予期せぬ映像出力や音声出力となって再生されることがあります。それを人間と同じ夢と言っていいのかは<解析>不能ですが」

「内部の液体成分が沸騰するか凍結するとメカニズムに重大な支障が出ますね。だいたい100℃から-40℃の範囲です。危険な領域に近づいてくると警告ワーニングが出ます」

「飛行は不可能であります。必要な出力を持つ推進器スラスターは開発されていませんし、もしあったとしても今度は本体ボディが保ちませんな」

「中身は金属ぎっしりですから、そのままでは水には浮きません。しかしロボ用の水着というものがあって、これを使えば十分な浮力を得られます。そのあとは馬力パワー技術テクニックとの相談になりますね」

「外装と骨格の強度限界をこえれば当然破損します。これはもちろん修理が必要になりますね。内部のシステムは、外的な要因はもちろん、意外と『その時の調子』によってトラブルを起こすことがあります。修復パッチが必要なことが大半ですが、しばらく<休眠>していれば自然に回複するケースもありますよ」

 質問攻めが一段落しても、吾輩の接待は続く。

「せっかくだし、ツーショット撮らせてよ!」

 誰かがスマホを取り出したのをきっかけに、今度は写真撮影タイムになった。

 一対一で。マスターと三人で。クラスメイト達と。さらにはその場の全員で。

 それも終わりに近づいたところで、ようやくマスターから助け舟が入った。

「みんな、そろそろいいかな? ボクらロボ研に顔出さなくっちゃ。ミケとは今日だけの付き合いじゃないし、他に知りたいことあればまた今度ってことで」

「そうだねー。あんまりいじくり回しちゃかわいそうか。じゃあミケくん、また明日~」

 名残惜しそうな女生徒連に向かって、吾輩は深々と礼をした。

「ではこの辺で失礼いたします。また明日」

 そしてくるりと向き直って、マスターのもとへ一歩踏み出す。

 その刹那。

 ひょいっと誰かの足が跳ねあがって、吾輩の足を絶妙なタイミングではらい飛ばした。

「う、うわ。うわたたた」

 吾輩の脳裏MPUに今朝の記憶が既視感デジャヴとなってよみがえる。

 とっさに伸ばした手が、なにかさらっとした手触りの薄いものを捕らえた。

(こ、これでなんとか転ぶのは)

 しかしその“薄いもの”は、吾輩の体重を支えるにはあまりにも脆すぎた。

 ビィーッ!

「きゃあーっ!」

 なにかが外れる音に、聞き覚えのある女子の悲鳴が重なった。

「あ痛たたた……」

 顔面から床に突っ込んだ衝撃で、くらくらする視界カメラがようやく立ち直ってきた吾輩の手の中にあったのは――紺色のひらひらした布地。

 女子のスカートだった。

 恐る恐る顔を上げてみると、そこにいたのは、顔を真っ赤にし、手で前を押さえて座りこんでいる、橘クラス委員長殿。

 先ほど議事を仕切っていた時には身に付けていたはずの紺色のスカートがない。同じく紺色のアンダースコートが丸見え状態。

 なんと吾輩は、転んだ拍子に女子のスカートをずり下ろし引っぺがしてしまったのだ!

「も、も、申し訳ございません!」

 謝って済むのか分からないが、ともかく吾輩平謝りに謝る。これも返せば済む問題なのか分からないが、スカートもとにかくお返しする。

「ミ、ミケランジェロ君が悪いんじゃないわ」

 羞恥に顔をしかめながらも、橘殿はともかくスカートを受け取ってくれた。

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