「ん、任せる」

 先生殿はそれだけ答えると、椅子を教室の隅まで持って行って、ぐんにゃりと座った。替わりに件の女子殿が白板ボードに進み出てタッチペンを取り上げる。

「それでは僭越ながら、まずはこの私、橘蘭たちばならんがクラス委員長に立候補します。他に希望者はいますか? では賛成の方は手を挙げて……」

 こんな調子で、あくまで生徒主導のもと各担当が決まっていく。

「さりゅーじる! ボク体育祭実行委員希望!」

 ほかに競合、反対もなく、マスターの立候補はすんなり通った。

「次は班決めをしましょう。分け方で意見のある人はいますか?」

 委員長殿が次の議題を掲げると、ぱらぱらと手が挙がった。

「進学生と編入生で分かれちゃうのは、やっぱまずいよな」

「志望学系が偏っちゃうのもだめだよね。それだと穂妻ウチの場合、ひと班まるごと留守、なんてこともあるし」とこれはマスター。

「お互いの呼吸をはかるためにも、最初はやっぱりクジ引きじゃない?」

「「さんせーい!」」

 こうして厳正なるクジ引きのもと、36人の生徒が6人ずつ6班に分けられ、ついでに出席番号順の席が班ごとに改められた。

 ひととおり議事が済むと、橘殿は「私からは以上ですが」と先生殿を促した。桜子先生殿はうたた寝から覚めたようなおぼつかない足取りで脇っちょの椅子から立ち上がったところで、

「ひとついいかな?」

 教室の真ん中らへんの生徒が手を挙げて立ち上がった。視線が吾輩に向かっている。

「ミケランジェロ君、家事できるって言ってたよね?」

「どうぞミケとお呼びください。申しあげたとおり、家事全般は得意であります」

 ご指名のようなので立ち上がった吾輩に、その生徒はつとめて軽い様子を保ちながら本題を切り出した。

「じゃあ昼食36人分って、頼めるかな? 調理実習室とか借りて。ミケ君、授業受けるわけじゃないよね?」

「お安いご用です。実は初等部でも同じことを頼まれていました」

 おおよその話の成り行きを飲みこんだ吾輩に、その生徒は目を輝かせた。

「よかったー! ほら穂妻学園このがっこう、この人数でしょ? 学食も購買も毎日戦争でさあ。お昼が確保できるとほんっとうに助かる! 材料はみんなで持ち寄るからね?」

「では、各自食材を持ち寄ってミケランジェロ君に昼食の調理を依頼するということで、皆さんよろしいですか?」

 再びの橘クラス委員長殿の仕切りに、生徒たちは満場一致の賛成で応えた。ただ、教室の前の窓際から挙がった手がひとつ。

「先生、何か?」

「ちょい補足。37人分で頼まあ」

「アイサー。誤差のうちであります」

 吾輩の再びの快諾を得て、桜子先生はのへのへと教卓に立った。

「まずは諸君の動きが自主的で大変ありがたい。これからもこの調子でひとつ頼む。本日はもうすることもないのでこれまで」

「きりーつ、礼!」

 出席番号1番ということで初日の日直となったわがマスター、青空ひまわりの号令に従い、本日の1年F組は終業となった。


 放課後になるやいなや、マスターの席の周りにどっと人が集まってきた。正確には、その隣の吾輩の周りにだが。

 朝もそうだったけど、大半が女子である。それも中等部からの編入組が中心。

 そして噂の広がるのは早い。

「ねえ、このクラス、ロボがいるんだって?」

 他のクラスからも、続々と興味津々の生徒たちがやって来た。

「おー、モテモテだね、ミケ♪」

 マスターがいたずらっぽく冷やかす。

 起動してまだ半年の経験だが、どうも吾輩は女子に人気があるらしい。とにかくロボは珍しい。好奇心旺盛に近づいてくるのは、女子の性分メンタルのようだ。「こういう時男子は、一歩怖じ気ついてしまって遠巻きに眺めるだけ」とはマスターの解説である。

 さらに彼女たちが言うには、吾輩の外見は「毛並みがよくて、女の子みたいで可愛い」のだそうだ。吾輩としては、もっと大人っぽくてかっこいい外見を希望するところだが。

 とにかく女子たちの質問攻めは途切れることがない。

「造るのにどれくらい時間かかったの? おカネは?」

「誕生日は何月何日?」

「この猫耳、取ったりできるの?」

「尻尾ふさふさ☆ ちょっと触ってもいい?」

「食べ物食べたりとかはできるの?」

「夜は寝るの? やっぱり電気羊の夢とか見る?」

「暑いとか寒いって感じたりするの?」

「もしかして、空飛んだりできる?」

「泳ぐのはできるよね?」

「ケガはするよね。病気とかは? どうやって治すの?」

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