あわただしく――いや、あわただしいのはマスター一人なんだけれど――食事と歯磨きを済ませると、マスターと吾輩、二人リビングに移って朝のストレッチを始める。マスターの部屋はなにしろモノが多いので、ぐりんぐりん動き回るスペースを確保するのが難しい。

「別にしなくても大丈夫な感じなんだけどね。年取ってからきいてくるって、オッチャン言ってたし」

 毎朝恒例の台詞とともに、ぺたんと両足180度開脚を披露する。今日もマスターの体は柔軟そのもの。

「じゃ、ミケ補助よろしく」

「アイアイサー」

 返事とともに、吾輩は両手ともマスターとつなぐ。形としては二人対称形で柔軟運動をするようになる。筋を傷めないよう、じんわりと伸ばしていく。吾輩にとっても、これは潤滑油オイルをなじませるのと、関節の可動域確認キャリブレーションのに有益である。この間マスターのほうも、自分のストレッチだけではなく、つないだ手を通じて吾輩の“触診”をしているのだそうだ。

 柔軟をすませても、マスターの朝のルーティーンは終わらない。さらにこの後けっこうな量の筋トレが待っている。腹筋、背筋、腕立て伏せ、スクワットを各30回づつ3セット。腹筋と背筋には吾輩の足固定補助が入るが、さすがにこれは吾輩が筋トレしても筋肉が付くわけでもなし、充電エネルギーを浪費するだけなので二人ではやらない。

 と、ここまで結構な汗をかいてようやく、

「さりゅーじる!」

 もっぱら機嫌のいい時に出る意味不明の口癖とともに、マスターは玄関から駆け出す。意味を<検索>してみたことはない。調べれば出てくると言うんだけれど。

「行ってまいります」

 吾輩も自分に与えられたEV原付にまたがり、一路登校となるのであった。

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