第1章 今日からちゅーがくせー!
あたらしいあさがきた きぼうのあさだ
1
とんとんとん。ことことこと。じゅーじゅーじゅー……。
野菜を刻む音、お湯を沸かす音、目玉焼きを焼く音。そんな音がのんびりしたハーモニーを奏でる、いつもの朝のキッチン。
ちーん。
トースターが焼きあがった音に合わせて、いつものように母上殿が声をかけた。
「ミケちゃーん、ひまちゃんを起こしてきてー」
「アイサー」
吾輩も心得たもの。朝の手伝いの手を止めて、二階に向かう。
吾輩はロボである。名前はミケランジェロというが、まあミケと覚えていただければ結構。周りもほぼミケとしか呼ばないし。
どういう事情でこの世に生み出されたのか定かではないが、とにかく今はこの家に住むマスターにお仕えしている。詳しい事情はおいおい語っていくことになると思うからその都度了解していただきたい。
少々回顧している間に階段をのぼり、その部屋の扉に近づく。力強い重低音が吾輩の耳に伝わってきた。いや、“ひまわり&ミケ”と書かれたドアプレートを小刻みに震わせている。
いつものように声かけなし、ノックもなしでドアを開ける。その前にひとつ深呼吸したのは、無断入室を怒られる覚悟を決めた――からではない。
その部屋が開けた瞬間、せきを切ったように襲い掛かってくる大音量のサウンドに備えるためである。
腹に響く
「いつものことだけど、どうしてこの人は、こんな騒音の中で寝ていられるんだろう?」
そんな吾輩の独り言も、サビに向かって盛り上がる音楽にかき消されてしまって聞き取れる者はいない。
気を取り直して、部屋の中を見てみる。
機械油と溶剤の匂いが残る、全然「女の子」っぽさがない部屋だった。
入ってまず目立つのが、大画面のテレビ。ここから響くサウンドと、合わせて流れるムービーが、目覚まし代わりの「RACIPRO」オープニングの正体だ。その下に鉄パイプで組まれたフレームが据え付けられている。このフレームにハンドルと、そしてシートも取り付けられていることから、一連の装備がクルマの運転席を模したものだと解る。「RACIPRO」をやりこむためには必須のデバイスだと、その人はいつも言っている。
その左側には、こちらは明らかにバイクの車体を模したと分かる、これもゲームのコントローラ。これまたバイクゲームをやりこむためには必須なのだそうだ。しかしご丁寧に車種まで
レーシング・コックピットをまたいで右側には、ごつい
ゲーミングPCの下には二段ほどの
ちょっと、コレクションされているタイトルを挙げてみよう。
“無印”から最新作、派生タイトルまで欠かさず買いそろえ取ってある「RACIPRO」を筆頭に、「サラディウス」「
共通するのは、どれもある程度のプレイヤー・スキルを要求されるゲームという点だ。反射神経とか運動神経がなくてもクリアできるようなタイトルはほとんどない。本人はゾンビ物とかFPSにも興味津々なのだが、目を引くものはたいてい年齢制限に引っかかってしまって手に入らないそうだ。「年齢制限がゆるいとゲーム・バランスまでぬるくなっちゃうんだよ」とよく愚痴っている。
さらに
振り返って左端には、申し訳程度の勉強机と、小さな本棚。ゲーマーなら攻略本の
勉強机の上には、日替わりで図柄が変わる大判ポスター。今朝は吾輩でも知ってるF1の英雄、ブラジルの神様。
そしてその手前、ベッドの上。いや上と言うべきなのだろうか。
「……んにゃぁ、1コーナーはエイペックスまでアクセル全開ぃ……てゆかもう2コーナーへのブレーキングぅ……」
女の子にしてはやたらハードかつ専門的な寝言をかましつつ、わがマスターは今朝も夢の中にいた。
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