第9話
その後、
村人たちが戻ってくる前にヤタさんたちは姿を消し――あの『巨人』の死体もいつの間にか消えていた。術者が引き上げたからじゃないかと瑠架くんたちは言っていた――、瑠架くんも、異様な『気配』に感づき慌てて隣町から戻ってきたおじいさんに引き取られて家へと帰っていった。
彼についていてあげたかったが、その前に村人たちに囲まれてしまっていた。
「詩音ちゃん、大変だったねぇ」
「あんなバケモノ同士の戦いに巻き込まれるなんて!」
「やっぱり、アイツは『忌々しいもの』だったな!」
……彼らは何を言っているのだ?
村を破壊された怒りなら分かる。
村を破壊した魔物への怒りも、分かる。
でも、
村を、――ひいては彼らを守ってくれた瑠架くんに対する、この異様なまでの怒りは、何なのだ?
「アイツには、とっととここを出て行ってもらわねぇとな!」
「まったくだ! いつ、俺たちに危害を加えられるか分からねぇからな!」
「人間のフリなどしやがって! そんなものにごまかされるか!」
「そうだ! そうだ!」
「この村においてやっていた恩も忘れやがって!」
「まったく! アダで返されるとはな!」
「まったくねぇ。厄介者にはとっとと消えてほしいもんだね!」
「ちがう!」
聞くに堪えない心ない言葉の数々に私は思わず叫んでいた。
「瑠架くんは、私のことを、……皆さんのことを守ってくれたじゃないですか! あんなに小さな身体を、あんなにポロポロにしてまで!」
静まり返った場に私は言葉を叩きつける。
「確かに、瑠架くんの姿は少し、私たちと違うかもしれません。私も、初めて見たときは戸惑いました。でも、でも、……!」
私は、泣いていた。悔しくて悔しくてたまらなかった。ぐいと手の平で涙を拭う。
「瑠架くんは、優しかった。……とても、とても、優しかった。いつも、いつも、変わらずに。私を傷つけようとしたことなど、ただの一度もありませんでした。『都会もの!』と言って石を投げることもなければ、無言で冷たく無視することもなかった。なのに、なのに……!」
私は、濡れた瞳で村人たちを睨み付けた。
「瑠架くんは、姿は鬼でも心は人間でした。でも、皆さんは、姿は人間でも心は鬼です。……私は、」
私は、言葉を搾り出した。
「……私は、姿が人間である人よりも、心が人間である人を信じます」
私は静かに言って、その場を後にした。
――傾いた月だけが、静寂が支配したその場を密やかに照らし続けていた。
ボクは、自分の部屋で荷物をまとめていた。
ここを去ることにしたのだ。
『力』だけじゃなく、『角』のことまで知られてしまったからには、もう、ここにいることはできなかった。
後悔はない。
村人たちを、そして、ボクの大切な友達を、……詩音お姉ちゃんを守ることができたのだから。
「瑠架、用意はできたか?」
「うん。おじいちゃん」
ボクは返事をして、お気に入りの帽子をかぶりなおすと、荷物の入ったバッグを両手に持った。
部屋の出口のところにまで来ると、ボクは振り返って部屋の中を見回した。もう、ここへは帰ってこれないかもしれないけれど、ボクは全てを覚えておこうと思って。
最後に、ボクは、自分の部屋の窓から神社の境外の景色を眺めて、……微笑んだ。
梅の木が、その華奢な手を精一杯に差し伸ばして、空と握手しようとしている――
優し鬼、人(やさしき、ひと)~シルバームーン・ブルーライト外伝~ @nanato220604
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